中国人「今は日本へ便座を買いに行く人が減った。国産スマートトイレが日本製に追いついたからだ」

中国の質問サイト「知乎」に、「なぜ今は、日本へ温水洗浄便座を買いに行く人が少なくなったのか。いまのスマートトイレの『天井』はどこにあるのか」という質問がある。2024年8月に立ち、閲覧は128万6,111回、回答は571件。

上位3本の回答は、2015年の「爆買い」を振り返り、「国産が追いついたからだ」と答える。年号と数字を日本と中国の資料で確かめた。先に言うと、3本は書かれた時間も勧める製品も同じだ。

元投稿

質問:为什么现在很少有人去日本买马桶盖了,当下智能马桶的天花板在哪儿?
(なぜ今は日本へ便座を買いに行く人が少ないのか。いまのスマートトイレの天井はどこにあるのか)
知乎/2024年8月20日/フォロワー708・閲覧1,286,111回・回答571件
→ https://www.zhihu.com/question/664781546

背景:2015年の火付け役、呉暁波の記事

出発点は、中国の経済ジャーナリスト呉暁波が2015年1月25日に出した文章「日本へ便座を1つ買いに行こう(去日本买只马桶盖)」だ。第一財経に載った全文によると、自社の幹部会で沖縄へ飛んだ呉が着くと、同僚たちは免税店で買い物に熱中していた。便座についてはこう書く。

最让我吃惊的是,居然还有三个人买回了五只马桶盖。
这款马桶盖一点也不便宜,售价在2000元人民币左右,它有抗菌、可冲洗和座圈瞬间加热等功能。

いちばん驚いたのは、3人で便座を5つも買って帰ったことだ。値段は2,000元(約4万7,000円)ほどで、抗菌、洗浄、座面の瞬間加熱などの機能がある。

“中国制造”的明天,并不在他处,而仅仅在于——能否做出打动人心的产品,让我们的中产家庭不必越洋去买马桶盖。

「中国製造の明日は、人の心を動かす製品を作れるか、わが国の中産家庭が海を越えて便座を買いに行かずに済むかにかかっている」。この一文が、9年後の「答え合わせ」の物差しになる。

家電売り場の棚に、値札シールを貼った温水洗浄便座が何段にも並んでいる
野樹長生の回答の冒頭に添えられた写真の一部。日本の店頭の便座売り場とされる。買い物客の顔が写っていたため、棚の部分だけを切り取った。撮影場所と時期は回答に書かれていない(出典:知乎の回答)

回答1「その後、あれが『中国製』だと分かって騒ぎは収まった」

回答者:元宿six(知乎の「新知答主」)
投稿日:2024年8月21日
賛同221(この質問でいちばん多い)
→ 回答ページ

但随后大家发现这些马桶盖是“中国制造”,才阻止了这场“闹剧”。事实上,这种产品并没有什么技术含量,中国本身就是全球最大的卫浴产品生产基地。

だがその後、これらの便座が「中国製」だと皆が気づき、この「茶番」は止まった。実のところこの製品に大した技術はなく、中国はもともと世界最大の衛生設備の生産基地だ。

回答の後半は、国産大手「九牧(JOMOO)」の新製品「X70」の紹介になる。最後は「天猫や京東の速報で日本ブランドと比率が逆転し、九牧が首位になった」と結ぶ。

回答2「国産は同じ値段の日本製を、性能もアフターも圧倒した」

回答者:野樹長生(「新知答主」。スマートトイレを4年以上使い、知乎の有料コラムの筆者だと名乗る)
投稿日:2024年8月21日
賛同79
→ 回答ページ

今年一季度智能马桶市场,包含日本品牌在内的国外品牌销额占据不到30%的中国市场,而国产品牌的销额占比已经高达71%。

奥維雲網(AVC)のネット販売の集計では、今年の第1四半期、日本ブランドを含む外国ブランドの売上額は中国市場の30%に届かず、国産ブランドは71%に達した。そのうえで国産の一体型スマートトイレは、機能もアフターサービスも、同じ価格帯の日本製を「全面的に圧倒している」と言い切り、X70を「天井」の答えに据える。

回答3「日本では8割超が使い、中国は5%。それでも国産は劣らない」

回答者:卡老板Camille(「新知答主」)
投稿日:2024年8月21日
賛同74
→ 回答ページ

家庭智能马桶在日本的普及率超过80%,而在中国仅5%左右。

家庭用のスマートトイレの普及率は、日本では80%を超え、中国ではわずか5%ほどだ。

甚至在真正了解智能马桶的日本人眼里,真正好用的产品并不是在日本本土生产的,而是由中国出口到日本的智能马桶产品。

本当に分かっている日本人の目には、いちばん使いやすい製品は日本国内で作られたものではなく、中国から日本へ輸出されたものだ。

3本に共通していること

この3本は、2024年8月21日の2時台に相次いで投稿された。どれも前半で2015年のブームを振り返り、後半は同じ九牧のX70に向かう。九牧の名前は、3本合わせて49回出てくる。「ひっくり返す洗浄」「白金の脱臭」「流す音は38デシベル」と、売り文句もほぼ同じだ。

広告かどうかは断定できない。ただ元宿sixには、38デシベルは「ブランドの委託を受けた検査機関」の測定だという一文がある。この上位3本は「中国の一般的な声」ではなく、ある製品の売り込みに近い読み物として読むのがよい。

「冲刷平均分贝:38db」の文字と、メーターに37dBの数字が出ている宣伝画像。下に「数据来自九牧全球实验室」の注記
元宿sixの回答が載せた九牧X70の宣伝画像の一部(人物を除いて切り取り)。「データは九牧のグローバル実験室から」と注記がある(出典:知乎の回答)

裏取り

確認できたこと

日本の普及率「80%超」は合っている。内閣府の消費動向調査(二人以上の世帯)で、温水洗浄便座の普及率は2025年3月末で82.5%、100世帯あたり117.7台だった(内閣府)。

「あの便座は中国製だった」も事実だ。パナソニックの中国法人は2015年3月10日、杭州の工場を「2004年設立の、世界で唯一の便座の研究・生産拠点」と説明した(第一財経)。工場の総経理は同年6月、こう語っている(澎湃新聞)。

因为松下是全球性公司,我们执行的松下统一的标准,因此在产品质量上与日本制造无异,日本市场卖的松下马桶盖也是我们工厂制造的。

品質は日本製と変わらず、日本市場で売るパナソニックの便座も、うちの工場で作っている。パナソニックの日本のサイトも、訪日客向けの「海外仕様品」の便座に「製造国:中国」と書く(パナソニック)。

国産の優勢も、ネット販売では確認できる。AVCの集計で、2024年1〜4月のネットのスマート便座は国内ブランドが売上額の72%を占めた(AVC)。回答の「71%」は第1四半期の数字で、原資料は見つからなかったが、近い水準だ。

日本メーカーの中国での不振は、TOTOの決算に出ている。中国大陸事業の売上高は2023年度の841億円から、2024年度は669億円、2025年度は538億6,300万円に落ち、営業損益は約44億円の黒字から約69億円の赤字になった(2025年3月期資料、2026年3月期決算短信)。TOTOは理由に「ローカルメーカーの台頭による価格競争」「消費のローグレード化」「不動産市況の長期低迷」を挙げる(日刊工業新聞)。

違った、またはずれていたこと

「中国製だと分かって騒ぎが止まった」は、順序が違う。杭州工場の総経理は2015年6月、4〜6月の便座の販売が前年同期の4倍になったと話し、呉暁波の記事も「後押しになった」と認めた(澎湃新聞)。「中国製」と分かった後に、むしろ売れた。国産が伸びるのは2016年以降で、中国最大のネット通販サイトの便座の販売実績は2016年に約20%、2017年に約80%増えた(第一生命経済研究所)。総経理は、高度な部品の一部が日本から来ているとも述べており、「大した技術はない」とも言い切れない。

「中国の普及率5%」は、2018年の数字だ。第一生命経済研究所が当時、都市部でも10%未満と書いた数字にあたる(同)。2024年は華経産業研究院の推計で15%、ほかに9.6%や12%とする資料もあり、幅がある(華経産業研究院)。

「71%」も「京東・天猫で逆転」も、条件つきの数字だ。AVCの数字はネット販売の売上額に限られる。しかも市場全体が縮んでいて、AVCの見通しでは2024年通年のネット販売は56.8億元(約1,340億円)で前年比17.0%減、台数も13.3%減だ(新浪財経)。九牧の「首位」は同社が発表した2024年のダブルイレブンの成績(ネット売上額が20億元(約470億円)超、45%増)で、便座だけの数字ではない(福建日報)。

「流す音は38デシベル」は、宣伝側の数字だ。元宿sixは、普通の便器の流水音が75〜85デシベルで「WHOの24時間平均の安全な限度を超える」と書く。だがWHOが聴力を守る目安にするのは24時間平均で70デシベル(A特性)で(WHO関連資料)、数秒の流水音が75〜85デシベルでも1日の平均では超えない。38デシベルは前の画像のとおり、九牧の実験室のデータだ。

確かめられなかったこと

「中国から日本へ輸出されたものがいちばん使いやすい」は確かめられなかった。中国ブランドの便座が日本でどれだけ売れているかの数字は見つからず、言えるのはパナソニックの日本向けが杭州製という点までだ。LIXILは地域別売上に中国の区分がなく(LIXIL)、中国の便座の数字は分からなかった。

9年後の答え合わせ

呉暁波が願ったのは、「中産家庭が海を越えて便座を買いに行かずに済む」ことだった。訪日中国人の数字を見ると、それはほぼ実現している。観光庁の調査で、訪日中国人の1人あたり買物代は2015年に16万1,974円と全国籍で最高だった(ネットショップ担当者フォーラム)。2025年の中国の一般客は9万1,457円で、電気製品(家電など)を買った人は6.3%にとどまる(観光庁)。集計の範囲が少し違うので単純な引き算はできないが、4割以上縮んだ。2026年上半期は、中国政府の渡航自粛の呼びかけで訪日中国人が56.4%減った(nippon.com)。買い物の行き先は、日本から中国のネット通販に移った。

日本側のデータ

温水洗浄便座をめぐる日本側の数字(9年前と今)

日本の普及率(二人以上の世帯)77.5%(2015年3月末)→ 82.5%(2025年3月末)
訪日中国人 1人あたり買物代16万1,974円(2015年)→ 9万1,457円(2025年・一般客)
TOTO 中国大陸事業の売上高841億円(2023年度)→ 538億6,300万円(2025年度)

出典:内閣府・内閣府データの転載・観光庁(2015年)・観光庁(2025年)・TOTO・TOTO

日本視点

日本人にとっては、話の始まりが奇妙だ。日本の普及率は、爆買いのあった2015年も収まった今も、77.5%から82.5%へゆるやかに上がっただけだ。中国人の買い込みは、日本の家庭の数字を動かすほど大きくなかった。

「日本製」の中身も、回答が言うほど単純ではない。パナソニックが日本で売る便座は杭州の工場で作られていて、中国人が買いに来たのは「日本製」というより「日本の基準で作られた製品」だった。消費者が信頼していたのは産地ではなく、日本で使った体験と品質の基準で、国産が同じ水準を出せると信じられたとき、わざわざ日本で買う理由が薄れた。

TOTOの中国での苦戦も、「便座が国産に負けた」だけでは説明できない。TOTOにとって、ウォシュレットの成長の場は中国から米国とアジアへ移っている。

どこが当たっていて、どこがずれているか

  • 当たっている:日本の普及率80%超、便座が中国製だった事実、国産のネット販売シェア7割台、TOTOの中国での不振。
  • ずれている:「中国製だと分かって止まった」の順序、「中国の普及率5%」(2018年の数字)、九牧側の数字(38デシベル・首位)を事実のように扱った点。
  • 確かめられない:「中国から日本への逆輸出が最良」、LIXILの中国の便座の数字。

日本人にとっての学びはこうだ。「日本製が選ばれた理由」は、産地ではなかった。中国人は日本で使った体験と品質の基準を信頼して便座を買っていて、その基準を中国で満たせるようになった日から、海を越える理由がなくなった。看板の「メイド・イン・ジャパン」より、基準と体験を作れるかが差になる。

関連書籍

このブームの根っこには、水洗トイレという「見えない設備」を作り込んできた日本の産業の積み重ねがある。トイレの製品がどう生まれ、暮らしに広がったのかを、産業史からたどる本です。

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まとめ

  • 知乎で128万回読まれた「なぜ日本へ便座を買いに行く人が減ったのか」。上位3本は「国産が追いついたから」と答えるが、勧める製品(九牧X70)も書かれた日時も同じで、宣伝に近い
  • 日本の普及率80%超、便座が中国製だったこと、国産のシェア7割台は確認できた。だが「中国製だと分かって止まった」は逆で、杭州工場の販売は2015年4〜6月に前年の4倍。「中国の普及率5%」は2018年の数字
  • 訪日中国人の買物代は16万円台から9万円台に縮み、TOTOの中国売上は3年で841億円から538億円に減った。日本の普及率はほとんど動かず、便座の主戦場は中国のネット通販に移った

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