中国の質問サイト「知乎」で、1,100万回以上読まれた質問がある。「なぜ日本は国を挙げて水素の燃料電池を進め、中国のBYDやCATL(寧徳時代)はリチウム電池に力を入れているのか」。
最も支持された回答は、3万5千以上の賛同を集めた。書き手は、自動化設備の会社で働く中国人。社内の年次総会で、各国の責任者がそろってリチウム電池への投資を語るなか、日本支社の社長だけが45分間、水素の話をした。その場面から話が始まる。回答から4年、日本と中国の水素と電池がどうなったかを数字で確かめた。
元投稿
質問:为什么日本举全国之力发展氢能源电池,而中国的比亚迪,宁德时代却在大力发展三元电池?
(なぜ日本は国を挙げて水素の燃料電池を進め、中国のBYD、寧徳時代〔CATL〕は三元系リチウム電池に力を入れているのか)
知乎/2018年4月12日/フォロワー4,647・閲覧11,085,308回・回答796件
→ https://www.zhihu.com/question/271987417
いちばん支持された回答「みんなが電池の話をしているとき、日本人だけが水素の話を始めた」
回答者:知乎ユーザー(匿名。自動化設備の会社の地域責任者)
投稿日:2022年5月12日
賛同35,656・コメント2,877(この質問でいちばん多い)
→ 回答ページ
所有人都在谈锂电池的投资机会,突然日本人开始说氢能源电池。这个就像大学时代的宿舍室友晚上关着灯谈班里哪个姑娘漂亮肤白貌美,突然一个舍友说:我觉得隔壁宿舍的一个哥们贼漂亮!
ヨーロッパの同僚は欧州の電池メーカーの話、私は中国のCATLとBYDの話、韓国の社長はSKとLGの話、アメリカの同僚はテスラの話。全員がリチウム電池の投資の話をしているところへ、突然、日本人が水素の燃料電池の話を始めた。大学の寮で、電気を消してクラスの誰がきれいかを話していたら、一人が急に「隣の部屋のあいつがすごくきれいだと思う」と言い出したようなものだ。
回答者は総会のあと、その日本人の社長をつかまえて長く話し込んだ。アメリカで大学を出てドイツで十数年働いた技術者で、日本が水素を進めるのは「国家戦略であり、生きるか死ぬかの問題だ」と言ったという。
回答者の説明はこうだ。日本はエネルギーのほぼすべてを輸入に頼り、リチウム電池の原料のリチウム、コバルト、ニッケルもほとんど持っていない。水素なら海水からつくれる。しかも日本は水素の特許を世界でいちばん多く持っていた。
所以总结一句话:日本选择氢能源,就是为了摆脱能源资源依赖,并且凭借着自己几乎垄断的氢能源专利实现全球收割。
一言でまとめると、日本が水素を選んだのは、エネルギー資源への依存から抜け出し、ほぼ独占している水素の特許で世界じゅうから収穫するためだった。
ところが、日本の計算を狂わせることが二つ起きた、と回答は続ける。一つは2011年の福島第一原発の事故。原発の余った電気で水素をつくるという構想が、ほぼ成り立たなくなった。もう一つは、中国・アメリカ・ヨーロッパでの電気自動車の爆発的な広がりだ。
2019年,眼看电动车就要一统天下,丰田匆匆宣布开放氢燃料技术专利。……不幸的事,丰田的氢能源技术开放并没有引起预期的市场关注,反而加速了自己的衰落。
2019年、電気自動車が天下を取りそうになると、トヨタは慌てて水素の燃料電池の特許を開放した。……不幸なことに、特許を開放しても市場は思ったほど反応せず、かえって衰えを早めた。
その後、日産が燃料電池車の共同開発をやめ、ホンダも燃料電池車の生産をやめた。回答は最後にこう書く。
本来还想利用氢能源汽车弯道超车,带日本走出半导体和互联网的失败泥沼,结果沉舟侧畔千帆过,病树前头万木春。
本当は水素の車で一気に追い抜き、半導体とインターネットで負けた泥沼から日本を抜け出させるつもりだった。ところが、沈んだ舟の横を千の帆が通り過ぎていった。
一方で、追記ではこうも書いている。「日本の技術の方向は、半導体も、プラズマも、原子力も、水素も、たいてい正しかった。留学先の指導教官も、日本の技術の目は世界の一流だと言っていた。ただ市場での影響力が足りなかった」。そして「日本を侮ってはいけない」と結ぶ。
別の回答「日本は全部を独占しようとした。だから、ほかの国は別の道を選んだ」
回答者:悭臾
投稿日:2022年5月11日
賛同7,697・コメント973
→ 回答ページ
如果日本人当初选了纯电,那么现在中美欧就可能选择氢能源。
この回答者の見方は逆向きだ。日本は小さく資源も市場もないので、技術で勝つしかない。だから特許で産業全体を押さえようとした。そうなると、ほかの国は日本に首を絞められないよう、日本と違う道を選ぶしかない。もし日本が最初に電気自動車を選んでいたら、中国やアメリカやヨーロッパは水素を選んでいたかもしれない。
技術者の回答「日本の家庭用燃料電池は、補助金を半分出しても売れなかった」
回答者:名字需大于俩字符
投稿日:2021年8月3日
賛同3,257・コメント342
→ 回答ページ
この回答者は、日本の家庭用燃料電池「エネファーム」を例に出す。2009年ごろ1台300万円を超え、国は1台あたり140万円か製造費の半分を補助した。それでも出力は数百ワットで、「補助を半分出しても誰も使わない」と書く。

日本政府定下的规矩是只要你卖一套,我就补一半,这不叫举国之力叫什么?只不过日本人民用脚投票,这废物举不成。
日本政府の決まりは「1台売れたら半分を補助する」。これを国を挙げてと言わずに何と言うのか。ただ日本の人々は足で投票した。この役立たずは持ち上がらなかった。
そのうえで、中国の山東省の企業・潍柴(ウェイチャイ)が進める「金属支持型の固体酸化物形燃料電池(SOFC)」こそ、水素でなくメタノールなども使える本命だと主張している。

裏取り
確認できたこと
「日本はエネルギーのほとんどを輸入に頼る」は正しい。日本のエネルギー自給率は2023年度で15.3%で、G7でいちばん低い(資源エネルギー庁)。
エネファームの値段と補助も、回答のとおりだ。コージェネ財団の統計では、PEFC型の本体価格は2009年度に303万円、国の補助の上限は140万円だった(コージェネ財団「エネファーム メーカー出荷台数統計」)。
ホンダが燃料電池車をやめたのも事実だ。クラリティ フューエル セルは2021年に販売を終えている(Wikipedia)。
事実と違ったこと
トヨタが燃料電池の特許を開放したのは「2019年」ではなく2015年だ。2015年1月に、燃料電池関連の特許約5,680件の実施権を無償で提供すると発表した(トヨタ自動車)。2019年4月に開放したのは、ハイブリッド車など電動化の特許約2万3,740件のほうだ(日本経済新聞)。「電気自動車が天下を取りそうになって慌てて開放した」という筋書きは、時期が合わない。
悭臾の「日本は特許を開放せず独占しようとした」も、同じ理由で当たらない。トヨタは燃料電池車の普及が始まったばかりの2015年に、特許を無償で出している。
エネファームは「水素の配管がないから使えない」ものではない。エネファームは都市ガスやLPガスから水素を取り出して発電する(エネファームパートナーズ)。累計の出荷は2024年12月末で54万台を超えた(コージェネ財団)。ただし、年間の出荷は2022年度の4万7千台から減り続けている。
4年後の答え合わせ
日本の燃料電池車は、目標にまったく届かなかった。政府は「2025年に20万台」を掲げたが、国内の保有台数は2024年6月時点で8,479台。水素ステーションも「2030年度に1,000基程度」の目標に対し、2024年7月時点で163か所(整備中を含む)で、閉鎖も出ている。水素の値段は、2024年に大手が3割以上値上げした(東京新聞)。2026年には「全国の9割が空白地」と報じられた(日本経済新聞)。
ただ、日本は水素をやめていない。ホンダは2024年7月に燃料電池車「CR-V e:FCEV」を出して戻ってきた(ホンダ)。2024年5月には「水素社会推進法」が成立し、低炭素の水素とこれまでの燃料との値段の差を国が補う仕組みができた(資源エネルギー庁)。乗用車よりも、発電や工場での利用に軸足が移っている。
中国も、水素の目標には届いていない。中国の「水素エネルギー産業発展中長期計画」は、2025年に燃料電池車の保有を約5万台とした(北京市科学技術委員会)。実際は2025年末の累計販売が4万台近く。水素ステーションは574か所で世界一になり、目標は「2030年に10万台」に引き直された(新華網)。
回答から4年後の数字
| 日本の燃料電池車 保有(2024年6月) | 8,479台(目標は2025年に20万台) |
| 日本の水素ステーション(2024年7月) | 163か所(目標は2030年度に1,000基程度) |
| 中国の燃料電池車 累計販売(2025年末) | 4万台近く(目標は2025年に約5万台) |
| 中国の水素ステーション(2025年末) | 574か所 |
| 中国の新エネルギー車 販売(2025年) | 1,649万台(新車の47.9%) |
勝負を分けたのは、電池のほうだった。中国の新エネルギー車(電気自動車とプラグインハイブリッド車など)の販売は、2025年に1,649万台。新車の47.9%にあたり、12月だけなら52.3%と半分を超えた(新華網)。
日本視点
日本では、トヨタの水素へのこだわりは「全方位戦略」や「電気自動車一本足への警戒」として語られることが多い。いちばん支持された回答は、それを「資源のない国が、特許で世界に勝とうとした国家の賭け」として描いた。福島の事故で原発の電気で水素をつくる筋書きが崩れ、中国の電池産業が一気に立ち上がった。中国人の目には、日本の水素は「負けた賭け」に見えている。
ただ、数字を並べると話はもう少し複雑だ。水素の車で目標に届かなかったのは、日本も中国も同じだった。中国は水素でも電池でも「全部やる」ことができ、日本はそれができなかった。回答の最後の一言がそれを表している。「子どもは選択問題を解く。大国の中国は、当然、全部とる」。
もう一つ、回答者自身が書いた「日本の技術の方向はたいてい正しかったが、市場の影響力が足りなかった」という見方は、日本人がよく口にする反省とほぼ同じだ。中国の技術者は、日本の失敗を嘲るよりも、自分たちが同じ道をたどらないための教材として読んでいる。
どこが当たっていて、どこがずれているか
- 当たっている:日本はエネルギーのほとんどを輸入に頼る(自給率15.3%)。エネファームは2009年に303万円で、国は140万円を補助した。ホンダは2021年に燃料電池車をやめた。
- ずれている:トヨタの燃料電池の特許開放は2019年ではなく2015年。2019年はハイブリッドの特許。「日本は特許を独占しようとした」も当たらない。
- ずれている:エネファームは都市ガスから水素を取り出すので、水素の配管は要らない。累計54万台を超えている。
- 当たっている:日本の燃料電池車は保有8,479台で、2025年20万台の目標に遠く届かなかった。
- 見えていない:中国も水素の車は目標未達(5万台目標に対し4万台近く)。ホンダは2024年に燃料電池車に戻り、日本は2024年に水素社会推進法をつくった。
日本人にとっての学びはこうだ。中国人は日本の水素への賭けを「資源のない国が特許で世界に勝とうとした国家戦略」として読み、電池に負けた教訓として受け止めている。ただ、水素の車で目標に届かなかったのは中国も同じだった。
回答者が「国家戦略、生きるか死ぬか」と聞いた日本の水素への期待を、日本の側から書いた本です。技術評論家が、水素が日本の技術と産業をどう立て直しうるかを論じています。4年後の数字と読み比べると、賭けの中身がよく分かります。
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まとめ
- 知乎で1,100万回以上読まれた「なぜ日本は水素、中国は電池なのか」。いちばん支持された回答は「日本が水素を選んだのは、資源依存から抜け出し、特許で世界に勝つためだった」と書いた
- エネルギー自給率15.3%やエネファームの値段と補助は正しい。一方、トヨタの燃料電池の特許開放は2019年ではなく2015年で、「慌てて開放した」「独占しようとした」は当たらない
- 4年後、日本の燃料電池車は保有8,479台で目標20万台に遠く、中国も目標5万台に届かなかった。勝ったのは電池で、中国の新エネルギー車は新車の47.9%になった

