中国人「日銀総裁は『国民の値上げへの忍耐力が上がった』と言った。『庶民にもっと我慢させろ』の日本向け特別版だ」

中国の質問サイト「知乎」に、2018年4月から読まれ続けている質問がある。「中国の国内メディアは日本の衰退を煽っている。日本は本当に衰退期に入ったのか」。閲覧は3,390万回、回答は3,159件。上位3つの回答は、どれも数行の小話だった。日本人自身が何を言っているかを持ち出した回答、老人と詐欺の話、日本株で損をした投資家の話。

いちばん読まれた3本の中身を、日銀の講演原稿、警察庁と総務省の統計、実際の株価と為替で確かめた。

元投稿

質問:中国国内媒体唱衰日本,日本真的进入衰退期么?(中国国内のメディアが日本の衰退を煽っているが、日本は本当に衰退期に入ったのか)
知乎/2018年4月28日/フォロワー7,006・閲覧33,900,783回・回答3,159件
→ https://www.zhihu.com/question/275095772

日本进入老龄化,少子化,独身主义,经济衰退,国民消费欲望底,经济衰退,日本真的进入衰退期了么?

日本は高齢化、少子化、独身主義、経済の衰退、国民の消費意欲の低さ、と来ている。日本は本当に衰退期に入ったのか。

最多賛同の回答「重要なのは、日本人自身が何を言っているかだ」

回答者:暗一般的孤独
投稿日:2022年6月24日
賛同9,256(この質問でいちばん多い)・コメント442
→ 回答ページ

你说什么不重要,我说什么不重要,甚至中国说什么都不重要。重要的是日本人自己在说什么,知道最近几天日本人在说些什么吗?
因为最近货币贬值,物价飞涨,有人问日本央行行长黑田东彦你对此怎么看,人家不愧是央行行长,说话就是有水平,直接蹦出来一句“我觉得日本民众对物价上涨的忍耐能力上升了”。
这话一出直接给大家干破防了,无数人直接炎上,我愿称之为“再苦一苦老百姓”日本特供版

あなたが何を言うかは重要ではない。私が言うことも、中国が言うことさえ重要ではない。重要なのは、日本人自身が何を言っているかだ。ここ数日、日本人が何を言っているか知っているか。通貨が下がり、物価が上がっているいま、日銀の黒田東彦総裁に「どう思うか」と聞いた人がいた。さすが総裁、言うことが違う。「日本の国民は、物価上昇への忍耐力が上がったと思う」とだけ言った。これで皆の堪忍袋が切れ、無数の人が炎上した。私はこれを、「庶民にもう一苦労させろ」の日本向け特別版と呼ぶ。

ほかの回答

回答者:我是斌哥哥
投稿日:2023年11月20日
賛同7,221・コメント356
→ 回答ページ

我突然想到个事:日本现在老人一大堆,这些人还巨有钱,这些人还没有什么社会关系(日本人人情偏冷漠),这不是优质被诈骗对象吗?
缅北的老哥们你们何苦跟中国人较劲呢,打开一下思路啊!

ふと思いついた。日本は今、老人だらけで、その老人はみな大金持ち、しかも社会的なつながりがない(日本人の人情はやや冷たい)。これは理想的な詐欺の標的ではないか。ミャンマー北部の兄貴たち(中国人を狙う詐欺グループの拠点を指す言い方)、なぜ中国人に絡むんだ。発想を変えろよ。

回答者:王烨
投稿日:2024年5月7日
賛同6,002・コメント114
→ 回答ページ

我想起一个段子。国内一个老股民不满A股现状,拿上100万RMB兑换日元去日本炒股。一年挣了40%。套现回来兑换人民币,到手80万……

小話を思い出した。国内の古参の個人投資家がA株(中国本土の株式市場)の現状に不満で、100万元(約2,360万円)を日本円に替えて日本株を買いに行った。1年で40%もうけた。現金化して人民元に戻したら、手元に80万元(約1,890万円)……。

裏取り

確認できたこと

黒田総裁の発言は実在し、実際に炎上して撤回された。2022年6月6日、共同通信社が都内で開いた会合(きさらぎ会)の講演で、黒田総裁は原稿にこう書いた。「日本の家計の値上げ許容度も高まってきているのは、持続的な物価上昇の実現を目指す観点からは、重要な変化と捉えることができます」(日本銀行・講演原稿)。批判を受けて7日に「適切ではなかった。誤解を招いた表現であり、申し訳ない」と謝罪し、8日の衆院財務金融委員会では「表現は全く適切でなかった。撤回する」と述べた(時事通信)。回答の「無数の人が炎上」は誇張ではない。

発言の根拠は、東京大学の渡辺努教授の調査だった。「なじみの店でなじみの商品が10%上がったらどうするか」という問いに、「値上げを受け入れて、その店で買う」と答える人が、欧米のように半数を超えるようになった、というものだ。ところが同じ時期の日銀の調査では、物価が「かなり上がった」「少し上がった」と答えた人が56.4%から81.2%に増え、「ゆとりがなくなった」も37.3%から41.7%に増えていた(時事通信の解説)。「許容」ではなく「選べないから受け入れた」という反発が、炎上の中身だった。

「高齢者が詐欺に狙われる」「老人は金を持っている」は、数字でも当たっている。2025年の特殊詐欺は27,832件・1,423億1,000万円で、いずれも過去最悪。65歳以上の被害は14,273件で51.3%、被害額の59.2%を占めた(警察庁の統計・nippon.com)。総務省の家計調査(2025年平均)では、二人以上世帯の貯蓄は平均2,059万円で、世帯主が60〜69歳の世帯は2,843万円、70歳以上は2,471万円だった(総務省統計局)。

違った・ずれていたこと

黒田総裁は「聞かれて答えた」のではない。講演の原稿に書かれた一文で、言葉も「忍耐力」ではなく「許容度」だった。回答は大筋を捉えているが、細部は話が作られている。

「詐欺の標的は老人」は半分だけだ。2025年に急増したニセ警察詐欺は、認知件数でいちばん多いのが30代の2,239件で、次が20代の1,718件。被害額は70代が274億円、60代が256億円と高齢層が多い(同上)。若い世代が引っかかる件数も、いまは多い。

日本株の小話は、「40%のもうけ」と「2割の損」を別の時期から持ってきている。下の「答え合わせ」で、実際の株価と為替で検算する。

確かめられなかったこと

「日本の老人には社会的なつながりがなく、人情は冷たい」は、回答者自身が括弧書きで添えた印象で、統計で確かめることはできなかった。警察庁の統計から分かるのは、被害者の年代と被害額までで、詐欺グループが日本の高齢者をどう選んでいるかは分からない。

4年後の答え合わせ:投資家の小話を、実際の株価と為替で検算する

小話の主人公は「1年で40%もうけたのに、人民元に戻すと8割に減った」。1年で円が約43%下がらないとこの数字にはならない。そこで、日経平均(円建て)と、円の対元レートから、2020年末に買って持ち続けた人の損益を計算した。

日本側のデータ

2020年12月30日に日経平均を買い、持ち続けた場合(為替は2020年末の水準を基準にした変化率)

2022年9月30日(元建ての最安値)日経平均 −5.5%・円は対元で−22.1% → 元建て−26.4%
2024年2月16日(日経平均が+40%に達した日)日経平均 +40.2%・円は対元で−24.2% → 元建て+6.3%
2024年12月30日日経平均 +45.4%・円は対元で−26.5% → 元建て+6.9%
2026年9月25日日経平均 +141.8%・円は対元で−32.4% → 元建て+63.6%

出典:日経平均NIKKEI225、為替(円/ドル・元/ドル、FRB H.10)からの計算。配当・税・手数料・両替手数料は含まない

日経平均の円建てと元建て、円の対元レートを、2020年末を100とした指数で並べた折れ線グラフ
2020年末を100とした指数。2022年は円建てがほぼ横ばいでも、元建てでは約25%下がった(出典:FREDなどからの計算)

結果は、小話の「半分だけ」当たっていた。損は確かに出た。2022年9月末、円建てでは5.5%のマイナスにすぎない日経平均が、元建てでは26.4%のマイナスだった。ただし1年で40%もうけて、同時に2割損することはない。日経平均が円建てで40%に達した2024年2月には、元建ては6.3%のプラスで、元に戻して2割減にはならない。この間に円が元に対して最も下がった1年(2021年9月→2022年9月)でも、円の下落は18.2%だった。

もうひとつ、この小話が語れなかった続きがある。そのまま持ち続けた人は、いまは大きくもうけている。日経平均は2026年9月下旬に6万6,000円台と、2020年末の2.4倍。円は元に対して3割以上下がったが、元建てでも1.6倍だ。

黒田発言のその後はどうだったか。厚生労働省の毎月勤労統計では、2025年の実質賃金は前年比−1.3%で、2022年から4年連続のマイナスだった。名目賃金は+2.3%伸びたが、物価の上昇に追いつかなかった(労働政策研究・研修機構)。

日本視点

回答の3本は、どれも笑い話の形をしている。けれど数字で並べると、「日本は衰退期か」という質問には、日本の株価と、日本の家計と、日本の通貨で、別々の答えが出ることが見えてくる。日経平均は2020年末の2.4倍に達した一方、実質賃金は4年連続で下がり、円は対元で3割以上安くなった。株を持つ人と、持たずに給料で暮らす人の間で、「衰退」の実感は違う。

黒田総裁の「値上げ許容度」の発言は、「家計は値上げを受け入れた」という統計上の読み方と、「選べないから受け入れた」という生活者の実感のずれが炎上の核心だった。回答者の暗一般的孤独が「重要なのは、日本人自身が何を言っているかだ」と書いたのは、この意味では的を射ている。

そして、日本のお金の動きは、高齢者に集まっている。2025年の特殊詐欺の被害額の59.2%は65歳以上だった。「老人が大金を持つ国」という見方は、詐欺という最悪の形でも数字に出ている。

どこが当たっていて、どこがずれているか

  • 当たっている:黒田総裁の発言と炎上、高齢者への詐欺被害(件数の51.3%・被害額の59.2%)、老人世帯の貯蓄の多さ(平均で全体の1.2〜1.4倍)。
  • 半分当たっている:「詐欺の標的は老人」(ニセ警察詐欺は件数では30代・20代が多い)。日本株の小話(損は出たが、数字は別の時期の継ぎはぎ)。
  • ずれている:「聞かれて答えた」(講演原稿の一文だった)。「社会的なつながりがない」は確かめられなかった。

日本人にとっての学びはこうだ。中国で「衰退」が小話として語られるとき、いちばん笑われているのは、数字ではなく、数字の読み方のずれだ。「許容」と「我慢」、「円建て」と「元建て」。同じ数字でも、立つ位置で違う答えになる。

関連書籍

黒田発言の根拠になった「値上げ許容度」を調べた渡辺努教授の本です。なぜ日本だけ物価が上がらなかったのか、そして上がり始めたいま何が起きているのかを、データで解説しています。

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まとめ

  • 知乎で3,390万回読まれた「日本は本当に衰退期か」。上位の回答は、日銀総裁の発言・老人と詐欺・日本株の損の、3本の小話だった
  • 日銀の講演原稿と時事通信で、黒田発言は実在し撤回されたと確認。高齢者の詐欺被害(65歳以上で51.3%)と貯蓄の多さも当たっていた。一方、日本株の小話は別の時期の継ぎはぎで、円建て+40%と元建て−20%は同時には起きていなかった
  • 2020年末に買った人は、2022年に元建てで26.4%下がったが、いまは+63.6%。実質賃金は2022年から4年連続マイナスで、株高と家計の実感はずれている

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