2024年4月、円は1ドル158円台まで下がり、34年ぶりの安値をつけた。そのとき中国の質問サイト「知乎」に、こんな質問が立った。「円安で旅行者が日本で爆買いし『バッグ1つで3,000元(約6万3,000円・当時のレート)安い』。一方で日本は物価が上がり、白菜1個が100元(約2,100円・当時のレート)。どう見るべきか」。閲覧は141万回、回答は304件。
中国の人にとって、円安は「日本が安くなった」という話だ。だが最も賛同を集めた回答は、そこで話を終わらせなかった。同じ円安が、外国人と日本人に正反対の顔を見せていると指摘した。
元投稿
質問:日元贬值创新低,游客赴日扫货「一个包便宜三千」,而日本物价上涨,一颗白菜 100 元,如何看待此事?
(円が最安値を更新し、旅行者は日本で爆買い「バッグ1つで3,000元(約6万3,000円・当時のレート)安い」。一方、日本は物価が上がり白菜1個100元(約2,100円・当時のレート)。どう見るべきか)
知乎/フォロワー790・閲覧1,413,650回・回答304件
→ https://www.zhihu.com/question/654358713
回答者:王克丹(知乎の「新知答主」)
投稿日:2024年4月28日
賛同1,095・コメント166(この質問でいちばん多い)
→ 回答ページ
这也就利好特殊的商品,因为大家不会愚蠢到去买颗白菜或者马桶盖带回来。
得をするのは特別な商品だけだ。白菜や温水便座をわざわざ買って帰るほど、みんな愚かではないからね。
回答者はまず、円安の主な原因を日本の中ではなくアメリカの利上げに置く。日本は金融政策の独立と資本の自由な移動を選び、為替の安定を捨てた(経済学でいう「国際金融のトリレンマ」)。だから同じ東アジアの製造業大国である中国や韓国より、円は大きく揺れる、という説明だ。
そのうえで、円安が生む「二極化」をこうまとめる。
出现了这种特殊的奢侈品电子产品便宜化(对外消费者),和日常消费品的奢侈化(对内部消费者)。
ブランド品や電子機器は安くなり(外国人の消費者にとって)、日用品は贅沢品になった(国内の消費者にとって)という、特殊な状況が生まれている。
カメラや化粧品の値上げは、人民元が円に対して上がった幅に追いつかない。その差が外国人の「割引」になる。反対に、日本は資源が乏しく日用品の多くを輸入に頼るので、円安はそのまま暮らしの値上げになる。最後に回答者は、ブランド品の値段の多くは税金のようなものだから、安いからといって飛びつかず理性的に買え、と釘を刺している。
ほかの回答
阳光下的沈同学(知乎の「新知答主」/2024年4月28日・賛同492・コメント76)
→ 回答ページ
日本本土的很多东西涨价,你用日元去买肯定是觉得比过去贵了。但你用美元,欧元,人民币等等其他兑日元升值的货币去买,当然就觉得便宜了,打折了。
日本国内では多くのものが値上がりしていて、円で買えば当然、前より高く感じる。だがドルやユーロ、人民元など円に対して上がった通貨で買えば、当然安く、割引されたように感じる。
この回答は数字を並べて日本の暮らしの苦しさを描く。1元は2021年の15円から21円に、1ドルは102円から158円に。電気代は平均で月2万円から3〜4万円に、キャベツは例年の1.5倍、にんじんやきゅうりは2倍近く。そしてこう結ぶ。
日元只要一直贬值下去,输入性通胀就会越来越严重。居民,打工人压力会越来越大,舒服的都是外国人罢了。
円が下がり続ける限り、輸入インフレはひどくなる一方だ。住民や働く人の負担は増すばかりで、いい思いをするのは外国人だけだ。
裏取り
確認できたこと
「外国人には安い」は数字で裏付けられる。ルイ・ヴィトンなどを持つLVMHの2024年1〜3月期決算で、日本の売上は32%増えた。日本を除くアジアは6%減っている(FASHIONSNAP)。回答の数字どおりだ。その後も訪日客の消費は伸び続け、2024年に8兆1,395億円、2025年には9兆4,549億円と過去最高を更新した。国別で最も多く使ったのは中国だった(トラベルボイス/観光庁)。
「日本人には高い」も数字で裏付けられる。帝国データバンクの集計では、2024年4月だけで食品2,806品目が値上げされた(帝国データバンク)。給料は上がったが、物価に追いついていない。2024年の春闘は平均5.10%と33年ぶりの5%超えだったが(日本経済新聞)、物価を差し引いた実質賃金は2024年3月分まで24カ月連続でマイナスだった(厚生労働省「毎月勤労統計」)。
白菜は、たしかにこの時期に高かった。農林水産省は、2月下旬からの低温で生育が遅れ、白菜とキャベツは4月前半まで平年より高く、4月後半に平年並みに戻ると見ていた(農林水産省)。「白菜1個100元」は、中国のメディアが在日中国人の話として報じた数字だ。同じ報道で、東京の留学生は「品薄のときに出た値段で、今は少し安くなった」と答えている(極目新聞)。100元は約2,100円。1個まるごとがその値段という例は確認できなかった。
事実と違ったこと
「電気代は平均で月2万円から3〜4万円、最高6万円」は平均ではない。総務省の家計調査では、2023年の二人以上世帯の電気代は平均で月1万222円だった(総務省統計局)。月3〜4万円という家庭はありうるが、日本の平均はその3分の1ほどだ。
「2024年4月までに1,765品目の値上げ」は出どころを確認できなかった。帝国データバンクの集計では、4月単月だけで2,806品目だった。実際の値上げは回答より多い。
「きゅうりは2倍近く」は同じ時期の見通しと合わない。農水省は4月のきゅうりを「平年並み」と見ていた。キャベツとにんじんは平年より高かった。
2年後の答え合わせ
回答から2年以上が経った。沈同学の回答は、日本の先行きについてはっきりした予想を二つ残している。それがどうなったかを確かめた。
円相場と日銀の政策金利(2024年4月〜2026年6月)
| 2024年4月26日 回答の2日前 | 1ドル158円台(34年ぶり) |
| 2024年7月 政府が円買い介入 | 161円台から反転 |
| 2024年8月5日 世界的な株安 | 141円台まで円高 |
| 2025年1月 日銀が利上げ | 政策金利0.5% |
| 2026年6月30日 | 162円40銭台(39年半ぶり) |
| 同時点の日銀の政策金利 | 1.0% |
外れた予想:「日銀は0.5%以上に利上げできない」。沈同学の回答は「ウォール街も、日本は0.5%以上に上げられないと言っていた」と書いた。日銀は2025年1月に0.5%へ上げ、2026年6月には1.0%になっている。
当たった予想:「円安は止まらない」。同じ回答は「160、170、180円になってもおかしくない」と書いた。一度は141円台まで戻したが、2026年6月には162円台と、回答を書いた時点よりさらに安くなった。利上げをしても、アメリカとの金利差は埋まっていない(FRBは3.5〜3.75%)。
王克丹の回答は、円安の原因をアメリカの利上げに置いた。2026年の円安も、市場は「アメリカがインフレ再燃で利上げに動く」という見方を理由に挙げている(日本経済新聞)。構造の説明は2年後も通用している。
日本視点
中国の回答が描いた「二極化」は、日本人の実感よりはっきりした形をしている。日本人は円安を「ものが高くなった」という一面から見る。中国の人は同じ円安を、店の反対側から見ている。
訪日客の消費が9兆円を超えたことは、日本では「インバウンドの好調」として明るく報じられる。だがその裏返しは、日本人の円の価値が下がったということだ。同じ店で、同じ商品が、外国人には割引品に、日本人には値上げ品に見えている。
もう一つ、日本人が見落としがちなことがある。東京23区の新築マンションは2023年に平均1億1,483万円と、前年より39.4%上がって初めて1億円を超えた(日本経済新聞)。沈同学の回答は、4,000万円の部屋が人民元で60万元安くなったと計算し、「日本人のほうが日本の家を買えなくなった」と書いた。回答の「東京の部屋は20〜30%上昇」は、新築の平均で見ればむしろ控えめだった。
どこが当たっていて、どこがずれているか
- 当たっている:円安の恩恵は外国人に、負担は日本人に。LVMHの日本の売上32%増と、食品2,806品目の値上げが同じ月に起きていた。
- 当たっている:円安の主な原因はアメリカの金利。2026年の162円も同じ構図で説明されている。
- ずれている:電気代の「平均」とされた数字と、値上げ品目の数。平均の電気代は月1万円台だった。
- 外れた:「日銀は0.5%以上に上げられない」。2026年に政策金利は1.0%になった。
日本人にとっての学びはこうだ。円安で得をしたのは「日本」ではなく、円を持っていない人だった。中国の回答は、それを日本の外から数字で見ていた。
円安を「アメリカの金利」だけでなく、日本の稼ぎ方の変化から説明した一冊です。中国の回答とは別の角度から、円が弱い理由が分かります。
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まとめ
- 知乎で141万回読まれた質問に、中国人が「ブランド品は外国人に安く、日用品は日本人に贅沢品に」と答え、1,095の賛同を集めた
- 数字もそのとおりだった。2024年4月、LVMHの日本の売上は32%増え、日本では食品2,806品目が値上げされた
- 「日銀は0.5%以上に上げられない」は外れ、「円安は止まらない」は2026年の162円で当たった

