中国の質問サイト「知乎(ジーフー)」で、約25万回読まれた質問がある。「日本の国民健康保険は、本当に安くて、長い列にも並ばなくていいのか」。質問者は「アメリカは高すぎて死ぬ、ヨーロッパは待たされすぎて死ぬ」と書き、日本はこの世界的な難題をどう解いたのかと尋ねた。
2017年6月の質問で、回答は28件。いちばん支持されたのは「日本の大病院も並ぶ」という反論だった。回答の数字を統計で確かめ、9年後の今と比べた。
元投稿
質問:日本国民健保真的既不贵又不用排长队吗?这个世界性的医保难题,日本是怎么解决的?
(日本の国民健康保険は、本当に高くもなく、長い列にも並ばなくていいのか。この世界的な医療保険の難題を、日本はどう解いたのか)
知乎/2017年6月/フォロワー576・閲覧250,785回・回答28件
→ https://www.zhihu.com/question/61589231
美国医保丢给市场,看病贵到死……
欧洲医保全民福利,排队排到死……
似乎「非贵即等」的看病难问题,成了一个世界性的医保难题……
アメリカは医療保険を市場に任せ、診察代が高すぎて死ぬ……
ヨーロッパは国民みんなの福祉にして、順番待ちで死ぬ……
「高いか、待つか」のどちらかという受診の難しさは、世界的な難題になっているようだ……
最多賛同の回答「日本の大病院が並ばないなんて、ありえない」
回答者:安嘉门院(東京の大病院に通い、医療費を数百万円払ってきたという中国人)
投稿日:2017年6月27日
賛同557(この質問でいちばん多い)
→ 回答ページ
还有有预约就不存在排队的可能性,那只能是小医院或诊所吧。东京的特定机能医院,根据我的经验,就算预约也要等候一个多小时的,因为日本看病的老人真的是特别多啊。如果需要验个血什么回来再诊然后取药,基本是早上约了9点下午3点能走。
予約すれば並ばない、というのは小さな病院か診療所だけだろう。東京の特定機能病院(大学病院など高度な医療を担う病院)は、私の経験では予約していても1時間以上待つ。日本で病院にかかるお年寄りは本当に多いのだ。血液検査をしてもう一度診察を受け、薬をもらうとなれば、朝9時の予約でだいたい午後3時に帰れる。
其实日本和中国情况近似,但是程度相对轻,大医院排队多,小医院排队少。……医院排队的人数并不少,只是很多是坐着等,不象是中国全站着……
実は日本も中国と似たようなもので、程度が軽いだけだ。大病院は並び、小さな病院は並ばない。……病院で待つ人は少なくない。ただ、多くは座って待っていて、中国のように全員が立っているわけではない……
回答者は厚労省の表を貼って「1時間以上待つ人は3割以上」「いちばんの不満も待ち時間」と書き、静岡県立総合病院の写真を載せた。


そして、中国の病院との違いをこう問いかける。
东京都的顺天堂医院一日平均门诊数是3000。这个门诊量,相当于安徽省儿童医院……门诊数量和医生数量近似的情况下,为什么中国医院拥挤的感觉明显要多一些呢?
東京の順天堂医院は、1日平均の外来が3,000人。安徽省の児童病院と同じくらいだ……外来の数も医者の数も近いのに、なぜ中国の病院のほうがずっと混んで感じるのだろう。
回答者自身の答えは、診療所の質が高いことと、「分級診療」(軽い人は診療所、重い人は大病院に振り分ける仕組み)と予約がうまく回っていることだ。
別の回答「保険証さえあれば、東京でも北海道の田舎でも同じ値段」
回答者:知乎ユーザー(名前非公開。日本で社会福祉を学ぶ中国人留学生)
投稿日:2017年6月28日
賛同322
→ 回答ページ
在日本你只要身上带了国民健康保险证,无论你在东京大都市还是在北海道的乡下,都可以当场报销70%的医疗费用……只要你看得是一样的病拿的是同样的药,价钱就是一样。因为日本的医疗服务和药价是由政府调整全国统一的价格。
日本では国民健康保険証さえ持っていれば、東京の大都会でも北海道の田舎でも、その場で医療費の7割が差し引かれる……同じ病気で同じ薬なら、値段も同じだ。日本の医療サービスと薬の値段は、政府が全国一律に決めているからだ。
回答者は日本の診療所で胃カメラを受けた。検査の危険を説明してから署名を求める医師。支払いは検査と薬で約600元(約1万4,000円)だった。
想起我初中在国内做胃镜。冰冷的病房没有表情的医生严重的消毒水的味道还有不怎么干净的厕所。
中学生のとき中国で受けた胃カメラを思い出した。冷たい病室、表情のない医者、きつい消毒液のにおい、あまりきれいでないトイレ。
「高額療養費制度」で、一般的な収入なら1か月の自己負担は8万100円までと紹介し、高齢化と高い新薬を「日本の制度の問題」に挙げて結んだ。
3本目の回答「医者は少なく、病床は多く、受診は多い。そんな都合のいい話はない」
回答者:知乎用户JG48x6
投稿日:2017年6月27日
賛同106
→ 回答ページ
日本平均每人每年就医13次左右,比其他国家明显多……医保制度比较合理,原则上一律自付30%,看得多自己掏得就多,相比完全免费或是定额低收费的国家一定程度上避免了医疗资源的浪费。
日本人は1人あたり年に13回ほど病院にかかり、ほかの国よりはっきり多い……原則一律3割の自己負担で、多くかかればそれだけ自分の払いも増える。完全無料や安い定額の国に比べ、医療資源のむだをある程度防いでいる。
话说回来,医生少,病床多,看病次数多,住院时间长,还想医生热情地陪你唠磕,哪有这么全面的好事。
とはいえ、医者は少なく、病床は多く、受診は多く、入院は長い。そのうえ医者に親身におしゃべりまでしてほしいなんて、そんな何もかもそろった話があるものか。
回答者は、日本人の医療への満足度は低いと指摘し、中国が「医療者の酷使」だけまねるのは困る、とくぎを刺す。
裏取り
確認できたこと
待ち時間の数字は原典どおりだった。留学生が引いた厚労省「平成26年受療行動調査」では、外来の待ち時間は15分未満25.0%、15〜30分24.1%、30分〜1時間20.4%。診察時間は3〜10分が51.8%、3分未満が16.3%(厚労省)。高額療養費の上限8万100円も当時の区分どおりだ。
「国民がいちばん不満なのは待ち時間」も当たっている。最新の令和5年調査でも、外来で「不満」が最も多い項目は「診察までの待ち時間」で25.5%だった(厚労省)。順天堂医院の外来は今は1日平均3,779人(同医院)。受診回数と病床の多さも、OECDの最新値で年12.1回、人口1,000人あたり12.5床(OECD)。
違ったこと
「1時間以上待つ人が3割以上」は言い過ぎだ。回答者が貼った表そのもので、1時間以上は全体の24.7%、大病院29.0%、特定機能病院28.1%(厚労省)。「大病院で3割近く」が正確だ。
中国の会社員向け医療保険「職工医保」の加入者は、5.2億人ではない。2016年末は2億9,532万人で、都市部の医療保険全体でも7億4,392万人だった(人力資源社会保障部)。保険料を「本人2%・会社8%」とした点も、国の基準は会社6%前後・本人2%で、8%は地域による(国務院の1998年決定)。
留学生の回答にも誤りがあった。75歳以上の後期高齢者医療は「公費4割、残り4割は国保から」ではなく、公費が約5割、国保や会社員の健保など現役世代の保険からの支援金が約4割、高齢者自身の保険料が約1割だ(厚労省)。高額な抗がん剤オプジーボの発売も2004年ではなく2014年9月(AnswersNews)。
「医療費はGDPの10%未満」は物差しによる。国民医療費では8.33%(2014年度・厚労省)だが、介護の一部も含むOECD基準では10.9%(2016年・Japan Health Policy NOW)だった。
確かめられなかったこと
「2010年の調査で日本人の医療満足度は15%」は、日本の記事もロイター報道として引くが(ダイヤモンド・オンライン)、元の調査に辿り着けなかった。「医療保険の赤字は5,000億ドル近い」も出どころが分からない。
9年後の答え合わせ
待ち時間は少し短くなった。令和5年は15分未満が27.8%、1時間未満が約7割。予約して受診した人は68.2%から79.4%に増えた(厚労省)。紹介状なしで大病院にかかる特別料金は、2016年4月に初診5,000円以上が義務になり、2022年10月に7,000円以上に上がった(厚労省)。写真の静岡県立総合病院は今7,700円だ(同病院)。
「安い」ほうは、負担が増える方向に動いた。国民医療費は2023年度に48兆915億円(厚労省)。75歳以上の一部は2022年10月から2割負担になった(東京都国保連)。高額療養費は2025年春にいったん引き上げが見送られたが、専門委員会で議論し直し、2026年8月から段階的に上がる。年収約370万〜770万円の人の上限は8万100円から8万5,800円に。代わりに1年間の上限(この層は53万円)ができた(厚労省)。
外国人の保険利用も議論になった。2025年、厚労相は外国人は国保加入者の4.0%だが、医療費では1.39%、高額療養費の支給額では1.21%と説明した(保団連の会見要旨)。一方、外国人世帯の国保の収納率は63%(全体93%)で、滞納を在留審査に生かす仕組みづくりが進む(内閣官房)。
中国側も変わった。公的医療保険の加入者は13億3,069万人(国家医療保障局)。ただ、病院の約1割にあたる三級病院(最上位の大病院)に全受診の28.3%が集まり、病院の外来1回の費用は245.5元(約5,800円・2016年)から361.0元(約8,500円・2024年)に上がった(2016年・2024年統計公報)。
日本の外来と医療費、2014年ごろと今
| 外来の待ち時間「15分未満」 | 25.0%(2014年)→ 27.8%(2023年) |
| 予約して受診した外来患者 | 68.2% → 79.4% |
| 国民医療費 | 40兆8,071億円(2014年度)→ 48兆915億円(2023年度) |
| 高額療養費の上限(年収約370万〜770万円) | 8万100円+1% → 8万5,800円+1%(2026年8月〜) |
| 紹介状なしで大病院(初診) | 5,000円以上(2016年)→ 7,000円以上(2022年〜) |
日本視点
「日本の病院は並ばない」も「日本の大病院も並ぶ」も、統計では両方正しい。ただ、日本の「並ばない」は、列が消えたのではなく、予約と待合室の椅子に置き換わったものだ。安嘉门院の「日本は座って待つ」は、統計に出ない核心を突いている。
列を短くしているのは、大病院に直接行かせない仕組みでもある。紹介状なしで大病院にかかると、初診で7,000円以上の特別料金がかかる。三級病院に受診が集まる中国から見れば、ここは学びたい部分だろう。
一方で「安い」ほうは揺らいでいる。高額療養費の上限は2026年8月から上がり、75歳以上の一部は2割負担になった。留学生が挙げた高齢化と高い新薬の問題は、そのまま9年後の負担増になった。
どこが当たっていて、どこがずれているか
- 当たっている:大病院は待つ。不満の1位は待ち時間。3割負担で全国同じ値段。
- ずれている:「1時間以上が3割以上」は言い過ぎ。職工医保の人数、後期高齢者医療の財源、オプジーボの発売年は違った。
- 変わった:予約は8割に。大病院の特別料金は7,000円以上に。高額療養費の上限は引き上げへ。
日本人にとっての学びはこうだ。中国人が「世界的な難題」と呼んだ「高いか、待つか」を、日本は一つの魔法で解いたわけではない。安さは3割負担と公費と現役世代の保険料で、並ばなさは予約と診療所と大病院の特別料金で、別々に支えている。そしてその両方が、少しずつ高くなっている。
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まとめ
- 知乎で約25万回読まれた「日本の国民健康保険は、本当に安くて並ばないのか」。最多賛同の回答は「日本の大病院も並ぶ。ただ、中国と違って座って待つ」と答えた
- 待ち時間の統計は回答どおりで、大病院では1時間以上待つ人が3割近い。中国の職工医保の人数などは違った
- 9年後、予約は8割に増えたが、医療費は48兆円に膨らみ、高額療養費の上限は2026年8月から上がる
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