中国の質問サイト「知乎」で、389万回以上読まれた質問がある。「同じ米を食べるのに、なぜ日本ではおにぎりが流行り、中国では流行らないのか」。回答は407件。いちばん支持を集めたのは、「日本人が貧しく、文化がなかったからだ」という挑発的な答えだった。
回答者たちは、武士の給料、戦の携帯食、冷めたご飯への抵抗感と、さまざまな理由を挙げた。おにぎりの起源と、この8年で変わったことを確かめた。
元投稿
質問:都吃大米,哪些文化因素造成日本流行饭团子,中国并不流行?
(どちらも米を食べるのに、どんな文化的な要因で、日本ではおにぎりが流行り、中国では流行らないのか)
知乎/2018年10月29日/フォロワー2,089・閲覧3,894,405回・回答407件
→ https://www.zhihu.com/question/300418097
最多賛同の回答「日本人が貧しく、文化がなかったからだ」
回答者:苏菲(東京在住の中国人ブロガー)
投稿日:2018年11月26日
賛同11,223(この質問でいちばん多い)
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因为日本人「穷」又「没文化」啊。
中国自古以来在世界上属于又富饶又发达的大国,这话不是白说的。
而日本,直到明治维新以前,都只是个又穷又贫瘠的小国,跟着中华大哥屁股后头混日子学东西。
日本人が「貧しく」て「文化がなかった」からだよ。
中国は昔から、世界でも豊かで発達した大国だった。これはだてに言われていることではない。
一方の日本は、明治維新まで貧しくやせた小国で、中華の兄貴の後ろにくっついて学んでいただけだ。
回答者によれば、江戸時代の武士は、身分こそ高くても給料は米でもらうだけで、金はない。
开荤?不存在的。牛肉猪肉是不能吃的,肉类只有鱼。鱼又特别不好保存,价格变动很大。普通的武士,一个月只能吃上两三回鱼。
肉料理?ありえない。牛肉も豚肉も食べてはいけない。肉といえば魚だけ。その魚も日持ちせず、値段の上下が激しい。普通の武士が魚を食べられるのは、月に2、3回だけだった。
だから毎日米を食べ、塩をふり、少し余裕があれば梅干しをのせる。「それが今の日本料理の原型だ」。回答者は、日本人がミニマリズムや侘び寂びを好むのも「長年の貧しさから生まれた。脂ぎるほど豊かな国から、侘び寂びのような哲学は生まれない」と書く。
拥有大米的武士们上战场打仗,带的也是大米。为了方便携带,就把大米捏成了饭团子,然后用海边可以随便捡到的海苔包上,这就成了日本饭团了。
米を持つ武士たちは、戦場にも米を持っていった。持ち運びやすいように米を握って団子にし、海辺でいくらでも拾える海苔で包んだ。これが日本のおにぎりになった。
回答者は、中国でも昔の行軍では似たような乾飯や大餅を食べていたが、中国の食文化ではそうした粗末なものは生き残れず、日本では「なぜか」おにぎりがそのまま受け継がれた、と続ける。そして、白米ばかり食べた江戸の武士が脚気に苦しんだこと、握り寿司がもとは屋台のファストフードだったことを紹介し、最後にコンビニおにぎりの選び方を教える。
「高級なおにぎりは、袋が四角くて中が見えない。値段は少し高いが、それでも200円は超えない」。

別の回答「中国語では、冷たいご飯は悪い意味の言葉ばかりだ」
回答者:laq是只仓鼠
投稿日:2018年11月27日
賛同1,984
→ 回答ページ
この回答者は三つの理由を挙げる。箸が広まる前の日本では、米を丸めて手で食べた。国が小さく近場の戦が多い日本では、日持ちしないおにぎりでも兵糧に使えた。そして三つ目が、冷たい食べものへの感覚の違いだ。
而我所见到的现在中国人,都喜欢热乎乎的食物,很不习惯吃冷食,在汉语里,吃冷饭,炒冷饭,残羹冷饭,都是贬义性质的词语。吃冷饭,给人一种不好吃又不好消化的感觉,仿佛处境很悲惨一样。
故而对于中国人,比之冷冰冰的饭团,不如热乎乎的一碗白米饭。
私の見るかぎり、今の中国人は熱々の料理が好きで、冷たいものを食べるのに慣れていない。中国語では「冷や飯を食う」「冷や飯を炒め直す」「食べ残しの冷や飯」は、どれも悪い意味の言葉だ。冷や飯を食べるというと、まずくて消化に悪く、みじめな境遇にいるような感じがする。
だから中国人にとっては、冷たいおにぎりより、熱々の白いご飯が一杯あるほうがいい。
グルメ記者の回答「中国にも『米の団子』はいくらでもある。ただし、もち米だ」
回答者:福桃九分饱(グルメメディア)
投稿日:2018年11月27日
賛同4,367
→ 回答ページ
目光回到国内,一碗白米饭给你搭出川鲁粤闽苏浙湘徽八大菜系,不怕不下饭 就怕你吃太饱。因为选择的多样性,中国并没有把米饭捏成饭团来吃,但用糯米团成团做的美食可真不在少数
中国に目を向けると、白いご飯一杯に、四川・山東・広東・福建・江蘇・浙江・湖南・安徽の八大料理を合わせられる。ご飯が進まないどころか、食べすぎが心配なくらいだ。選択肢が多いから、中国ではご飯を握って食べることはなかった。でも、もち米を丸めて作る食べものなら、いくらでもある。
回答は、北京の「驢打滾」、上海の「粢飯団(ツーファントゥアン)」、広州の「糯米鶏」から、長沙、温州、四川の楽山まで、各地のもち米の団子を写真つきで並べる。上海の粢飯団は、もち米で揚げパンの油条を包んだ朝ごはんで、形も食べ方も日本のおにぎりに近い。

裏取り
確認できたこと
江戸の人が白米に偏り、脚気に苦しんだのは事実だ。江戸では白米を食べる習慣が広がり、地方から来た武士が江戸で体を壊し、国に帰ると治った。原因はビタミンB1の不足による脚気で、「江戸わずらい」と呼ばれた(養命酒製造)。
握り寿司が屋台の食べものだったのも、その通りだ。江戸の屋台は寿司と天ぷらが中心で、人通りの多い所には一町に三、四軒あったと『守貞謾稿』は記す(nippon.com)。
「牛肉も豚肉も食べてはいけない」は、半分だけ当たっている。江戸時代、獣の肉を食べないのは建前としては守られたが、実際には「薬食い」と称して猪や鹿を食べ、江戸には「ももんじ屋」という獣肉の店もあった(日本の獣肉食の歴史)。
違ったこと
おにぎりは、武士の兵糧から始まったのではない。「日本最古のおにぎり」とされるのは、石川県中能登町の杉谷チャノバタケ遺跡で1987年に見つかった、約2,000年前、弥生時代の炭化した米の塊だ。もち米を蒸して焼いたものだった(中能登町)。武士が生まれるより、はるかに前である。
「屯食」も、行軍の携帯食の名前ではない。苏菲は戦に持っていく握り飯を「屯粮(屯食)」と呼ぶとしたが、屯食は平安時代、貴族が宴のときに従者にふるまった、もち米を握り固めたものだ(おにぎり協会)。
海苔も「海辺でいくらでも拾えるもの」ではなかった。海苔の養殖が品川で始まったのは江戸時代の延宝年間(1673〜1680年)ごろ(品川歴史館)。おにぎりに海苔を巻くようになったのは、浅草海苔が広く売られるようになった元禄年間(1688〜1704年)以降とされる(おにぎり協会)。戦国時代の兵糧は、菜っ葉を米と炊いた菜飯のおにぎりが主だった(おにぎり協会)。海苔を巻いたおにぎりは、戦の中ではなく、戦のない江戸の世に生まれた。
確かめられなかったこと
「普通の武士が魚を食べられるのは月に2、3回」は、裏づけになる資料が見つからなかった。
8年後の答え合わせ
「高級なおにぎりでも200円は超えない」は、もう通用しない。2024年からの米の値上がりで、セブンイレブンは2026年2月、手巻おにぎりのツナマヨネーズを178.20円から196.56円に、紅しゃけを213.84円から232.20円に上げた(いずれも税込・セブンイレブン)。苏菲が写真で勧めた半熟煮玉子おにぎりは、2018年には税込140円だった。
そして、「中国ではおにぎりが流行らない」も変わりつつある。2020年5月30日、湖南省長沙にセブンイレブンの1号店が開いた日、5,000人以上が訪れ、おにぎりと寿司が3,000個以上売れた。1日の売上は50万元(約1,200万円)を超え、コンビニの1日の売上の世界記録を塗り替えたと報じられた(時代財経)。
おにぎりの歴史と、いまの値段
| 日本最古のおにぎり | 弥生時代(約2,000年前)杉谷チャノバタケ遺跡・1987年出土 |
| 屯食(とんじき) | 平安時代、貴族の宴で従者にふるまった |
| 戦国時代の兵糧 | 菜飯のおにぎりが主 |
| 海苔を巻いたおにぎり | 元禄年間(1688〜1704年)以降 |
| 握り寿司 | 文政年間(1818〜1831年)、屋台で広まる |
| コンビニの手巻おにぎり | 1978年、セブンイレブンが海苔を別包装に |
| セブンの手巻おにぎり(税込) | ツナマヨ196.56円・紅しゃけ232.20円(2026年2月〜) |
日本視点
「日本人が貧しかったから」という苏菲の答えは、日本人が読めばむっとするだろう。だが江戸の人が一汁一菜で米ばかり食べ、脚気に苦しんだのは事実で、「米しかなかったから、米を工夫した」という見立てには一理ある。ずれているのは起源の話だ。おにぎりは弥生時代からあり、海苔を巻く形は戦ではなく、元禄の太平の世に生まれた。
日本人がいちばん気づきにくいのは、laq是只仓鼠の指摘だろう。日本人は、冷めたご飯を平気で、むしろおいしく食べる。おにぎりも弁当も寿司もそうだ。中国語で「冷や飯」が悪い意味の言葉ばかりなのと比べると、冷たいご飯を喜んで食べる日本人のほうが、外から見れば不思議なのだ。
そして福桃九分饱が示すように、中国にも「米の団子」はたくさんある。違うのは、中国ではもち米で、日本ではふだんのご飯(うるち米)で握ることだ。そのうえで、中国の若者はいまコンビニでおにぎりを買っている。8年前の問いの前提そのものが、崩れつつある。
どこが当たっていて、どこがずれているか
- 当たっている:江戸の人は白米に偏り、脚気(江戸わずらい)に苦しんだ。握り寿司はもとは屋台の食べもの。
- 半分当たっている:江戸時代の肉食は建前では禁忌だったが、「薬食い」として猪や鹿を食べていた。
- 違った:おにぎりの起源は弥生時代。屯食は平安貴族の宴で従者に出したもの。海苔を巻くのは元禄以降で、戦国の兵糧は菜飯だった。
- 変わった:コンビニおにぎりは200円を超えた。中国でもコンビニのおにぎりが売れるようになった。
日本人にとっての学びはこうだ。中国人から見ると、おにぎりの不思議は「握ること」より「冷めたご飯をおいしく食べること」にある。日本人が当たり前だと思っている冷や飯の文化は、中国語では「みじめさ」を表す言葉だ。
laq是只仓鼠が「中国人は冷たいご飯を食べない」と書いた、その反対側にある日本の弁当文化を読み解く本です。冷めたご飯を詰めて持ち歩き、外で食べる習慣が、日本人の暮らしや人間関係とどう結びついてきたのかをたどります。
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まとめ
- 知乎で389万回以上読まれた「なぜ日本ではおにぎりが流行り、中国では流行らないのか」。最多賛同の回答は「日本人が貧しく、文化がなかったから」、別の回答は「中国語では冷や飯は悪い意味の言葉ばかり」と答えた
- 江戸の白米偏重と脚気は事実。だがおにぎりの起源は弥生時代で、海苔を巻く形は戦のない元禄の世に生まれた
- 8年後、コンビニおにぎりは200円を超え、中国でもコンビニのおにぎりが売れるようになった

