中国人「日本の温泉は、ただの風呂ではない。一式の『儀式』だ」

中国の質問サイト「知乎」に、216万回以上読まれた質問がある。「日本の温泉に入るとき、特に気をつけることは?」。2011年に立った質問で、回答は218件。上位には、日本に住んだことのある中国人が、これから日本へ行く同胞に向けて書いた「温泉の教科書」が並ぶ。

そこには、日本人がふだん読み飛ばしている掲示の読み方まで書かれていた。回答が挙げた数字と決まりを、いまの日本の基準と照らし合わせた。

元投稿

質問:去日本的温泉泡汤,需要特别注意什么?
(日本の温泉に入りに行くとき、特に気をつけることは何か)
知乎/2011年9月20日/フォロワー6,685・閲覧2,161,125回・回答218件
→ https://www.zhihu.com/question/19855514

いちばん支持された回答「温泉は、ただの風呂ではない。一式の儀式だ」

回答者:三水(李三水)
投稿日:2011年9月20日(2015年1月6日に全面更新)
賛同3,579(この質問でいちばん多い)
→ 回答ページ

作为日本「癒し」文化之首,泡温泉不仅仅是「洗澡」,而是一整套的「仪式」。

日本の「癒し」文化の筆頭として、温泉に入ることはただの「入浴」ではなく、一式の「儀式」だ。

回答者がまず勧めるのは、脱衣所に貼ってある「温泉分析書」を読むことだ。

挑选温泉,从阅读「温泉分析书」开始!……这其实就是温泉的「身份证」。

温泉選びは「温泉分析書」を読むことから始まる!……これは温泉の「身分証」なのだ。

分析書に「一般的適応症」しか書かれていない温泉は、血行をよくする効果はあっても「家の浴槽と変わらない」。「ツアーでそんな温泉に連れていかれたら、笑うしかない」と回答者は書く。そして「高級な温泉」を見分ける基準として、源泉かけ流しか循環か、源泉からの距離、加温・加水の有無の三つを挙げる。

于是就只好在温泉中加入锅炉的热水,让热水量足够,这是属于「掺假」的行为。……但毕竟旅行团众多,而且大多数国外游客对温泉不加鉴别,这些旅馆反而因为价格较低廉,装修有档次,成为了部分国外旅行团的下榻处。

そこで温泉にボイラーのお湯を足して量を合わせる。これは「混ぜ物」だ。……だが団体ツアーは多く、外国人客の大半は温泉の良し悪しを見分けない。こうした宿はむしろ値段が安く内装が立派なので、外国の団体ツアーの宿になっている。

回答者は「悪徳業者の飯の種をつぶしているようで、気分がいい」と書き添えている。

作法の節では、中国人ならではの失敗談が出てくる。

对方不知道我的朋友懂中国话,竟然当着别人的面说「我好想搓搓泥啊!」吓得我朋友马上从池子里出来。搓泥不是不可以,但请一定在淋浴的时候搓好,千万不要在公用的池子里搓泥抠脚…

友人が中国語を分かると知らない中国人の女の子たちが、人前で「垢すりしたい!」と言い出し、友人はあわてて湯船から出た。垢すりをするなとは言わない。でも必ず洗い場で済ませてほしい。共用の湯船で垢をこすったり足をいじったりするのは絶対にやめてほしい。

中国の浴場、とくに北方の銭湯では、「搓澡(ツオザオ)」と呼ばれる垢すりが定番のサービスだ。湯につかって垢をふやかしてからこする、という中国の習慣が、日本の湯船に持ち込まれかけた場面である。

2011年の最初の版には、細かな注意が11項目並ぶ。タオルは湯船に入れない。頭に載せてもいいが「顔にかけるのは縁起が悪い」。のぼせないよう、入る前にスポーツドリンクか牛乳を用意する。ひとりで入るときは酒を飲まない。そして入れ墨の人については、こう書く。

并不是全部温泉都禁止有纹身的人进入,请勿相信都市鸡汤

すべての温泉が入れ墨の人を断っているわけではない。都市伝説を信じないように。

女湯の回答「入るときは隠しても、出るときはみんな堂々としている」

回答者:苏菲
投稿日:2014年12月30日
賛同1,051
→ 回答ページ

「三水さんが男湯を教えたので、私は女湯を教えます」と始まる回答は、持ち物から上がったあとまでを順に書く。

另外,带男孩子的妈妈要注意,能进入女温泉的男孩子规定要10岁以下。

それから、男の子を連れたお母さんは注意してほしい。女湯に入れる男の子は、10歳未満と決まっている。

温泉里会有个很有趣的现象是,刚进去的人都遮遮掩掩,出来的时候都大大咧咧不在意了。。。所以遮不遮这件事真的不用在意。

温泉では面白いことが起きる。入ってきたばかりの人はみな隠しているのに、出ていくときはみな堂々としている……。だから、隠すかどうかは本当に気にしなくていい。

ほかにも、日本では座って体を洗うこと、いきなり肩までつからず半身浴から始めること、多くの温泉では上がったあとにシャワーで流さないほうがいいこと(成分を肌に残すため)を挙げる。締めくくりは「湯上がりの牛乳」だ。

失敗談の回答「『個室』を選んだら、個室なのは着替える部屋だった」

回答者:匿名
投稿日:2011年9月20日
賛同68
→ 回答ページ

愛媛県の道後温泉本館に行った回答者の話だ。

看到最贵的一项里有认识的中文字「個室」,心想这不就是单间嘛!然后就,选了最贵的。但实际上,这个「個室」是指换衣服的地方是单间,而不是给你一个单独的池子。

いちばん高い料金に、読める漢字「個室」があった。貸し切りの部屋だ!と思って、いちばん高いのを選んだ。ところが実際は、「個室」なのは着替える部屋で、自分だけの湯船がもらえるわけではなかった。

回答者は「地元の人がいる2階の大広間の休憩所のほうが、よほど味わいがあった」とも書いている。漢字が読めるからこそ意味を取り違える、中国人旅行者らしい失敗である。

裏取り

確認できたこと

加水・加温・循環の掲示は、国の決まりだ。2005年5月24日から、温泉を使う施設は、加水・加温・循環ろ過・入浴剤・消毒をしていれば、そのことと理由を掲示しなければならなくなった。2004年に有名温泉地で表示の偽りが相次いで見つかったのがきっかけだ(環境省)。ただし決まりが求めるのは加水の「有無と理由」で、三水の言う「加水の量」までではない。

作法も、国の案内とほぼ同じだ。環境省の「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」は、浴槽にタオルを入れない、かけ湯をして体を洗ってから入る、飲酒後の入浴は控える、入浴前後に水分をとる、体についた温泉成分は洗い流さずタオルでふき取る、と書く(環境省)。三水と苏菲の注意と重なる。

道後温泉の「個室」の話も、その通りだった。道後温泉本館の「霊の湯三階個室」(大人2,500円)は、湯上がりにくつろぐ休憩用の個室で、浴室は別だ(道後温泉公式)。本館は5年半の保存修理を終え、2024年7月に全館で営業を再開している。

違ったこと

草津温泉のpHは「2.6」ではなかった。三水は草津をpH2.6と書いたが、草津町はpH2.0前後としている(草津町)。おもしろいのは、三水自身が回答に載せた草津・湯畑の温泉分析書にも、pH2.0と書いてあることだ。

草津温泉・湯畑源泉の温泉分析書。泉温53.9度、pH値2.0、泉質は酸性・含硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物温泉(硫化水素型)、酸性低張性高温泉
三水が回答に載せた草津温泉(湯畑源泉)の温泉分析書(2003年の分析)。pHは2.0、泉質の欄には「酸性低張性高温泉」とある(出典:知乎の回答)

「源泉の温度が高いほど、成分が濃い」も、この分析書で崩れる。湯畑は53.9度の「高温泉」だが、成分の濃さは「低張性」、つまり薄いほうに分類されている。温度と濃さは、分析書では別々の物差しだ。

秋田県の乳頭温泉を「硫酸塩の高張性」と書いた箇所も、代表的な宿の鶴の湯は、含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩泉で、低張性だった(鶴の湯温泉)。

いちばん大きなずれは、効能の表だ。三水は、泉質ごとに効く病気を○で示した表を載せた。ところが国の基準は2014年7月、32年ぶりに改訂されている(環境省)。いまの基準では、含鉄泉に入浴の適応症はなく(飲用の鉄欠乏性貧血だけ)、「肥満」「月経不順」「美白」はどの泉質にもない。高血圧(軽症)や糖尿病(耐糖能異常)は、泉質を問わない「一般的適応症」に入った。

左は知乎の回答者が作った泉質と効能の表(慢性皮膚病・慢性婦人病・糖尿病・痛風・動脈硬化・高血圧・肥満・月経不順・美白)。右は環境省の2014年改訂の泉質別適応症の表
左:三水が回答に載せた泉質と効能の表。右:環境省が2014年に改訂した泉質別適応症(浴用・飲用)。並べたのは当サイト(出典:知乎の回答・環境省「禁忌症及び入浴又は飲用上の注意の掲示等の基準」 7ページ)

10年後の答え合わせ

苏菲の「女湯に入れる男の子は10歳未満」は、いまは通用しない。厚生労働省は2020年12月、公衆浴場で男女を一緒に入れない年齢の目安を「おおむね10歳以上」から「おおむね7歳以上」に引き下げた(厚生労働省)。これを受けて各地が条例を改め、東京都では2022年1月から、7歳以上の子どもは異性の浴室に入れない(東京都浴場組合)。

三水の「入れ墨でも入れる温泉はある」は、当たっていた。観光庁が2015年に全国の宿泊施設に尋ねた初の調査では、入れ墨の人の入浴を「断る」が56%、「断っていない」が31%、シールで隠すなど「条件付きで許可」が13%だった(日本経済新聞)。観光庁は翌2016年、シールで隠す、貸し切り時間を設けるといった対応の例をまとめて公表した(トラベルボイス)。

日本側のデータ

日本の温泉と、決まりの移り変わり

温泉地数・源泉総数(2025年3月末)2,839か所・27,899か所
温泉地の延べ宿泊利用者(2024年度)約1億2,541万人
加水・加温・循環・入浴剤・消毒の掲示義務2005年5月から
泉質別の適応症の改訂2014年7月(32年ぶり)
異性の浴室に入れない年齢の目安おおむね10歳以上 → おおむね7歳以上(2020年12月)
入れ墨の人の入浴(宿泊施設・2015年)断る56%・断らない31%・条件付き13%
訪日客の「温泉入浴」(2024年・全国籍)今回した27.5%・次回したい46.9%

出典:観光経済新聞(環境省「温泉利用状況」)・環境省・環境省・厚生労働省・日本経済新聞・観光庁「インバウンド消費動向調査」2024年

訪日客全体で見ると、「温泉入浴」をした人は27.5%だが、「次回したいこと」では46.9%と、日本食に次いで2番目に多い(観光庁)。一度入ると、また入りたくなる人が多いということだ。

日本視点

日本人にとって、かけ湯をして、体を洗って、タオルを湯船に入れないのは、誰かに習った覚えもない「当たり前」だ。だが三水はそれを「一式の儀式」と呼び、覚えるべき手順として同胞に書き出した。中国では湯につかって垢をこするのが当たり前なので、何も知らずに来れば、湯船で垢すりが始まりかねない。

一方で、三水が勧める「分析書を読む」「加水・循環の掲示を見る」を、ふだんからしている日本人はどれだけいるだろうか。掲示は2005年から義務になっているが、日本人の多くは読み飛ばしている。この回答は、団体ツアーの安い宿に連れていかれないために、日本人より細かく温泉を選べと教えている。

ずれたのは、細かな数字と効能の表だ。国の適応症は2014年に改められ、「美白」や「肥満」はどこにも書かれていない。そもそも適応症は「治る」という保証ではない。女湯の年齢の目安も、10年のあいだに変わった。

どこが当たっていて、どこがずれているか

  • 当たっている:加水・加温・循環の掲示は法律上の義務。タオルを湯船に入れない、かけ湯、飲酒後は入らない、水分をとる、といった作法は環境省の案内と同じ。
  • 当たっている:道後温泉本館の「個室」は休憩用の個室で、浴室は共用。入れ墨でも入れる施設は、2015年の調査でも4割あった。
  • 違った:草津のpHは2.6ではなく2.0前後(回答者自身が載せた分析書も2.0)。「高温ほど濃い」「乳頭温泉は高張性」も分析書と合わない。
  • 変わった:適応症は2014年に改訂され、回答の表とは別物に。女湯に入れる男の子の目安は、10歳から7歳に下がった。

日本人にとっての学びはこうだ。日本人が習った覚えもない温泉の作法は、外から見ると「覚えるべき儀式」だ。そして中国の旅行者は、日本人が読み飛ばす分析書や掲示まで読んで、温泉を選ぼうとしている。

関連書籍

三水が「一式の儀式」と呼んだ日本の温泉の作法は、どこから来たのか。『日本書紀』などに出てくる古い湯から、戦国武将の隠し湯、江戸時代の温泉番付まで、日本人と温泉の歴史をたどる新書です。

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まとめ

  • 知乎で216万回以上読まれた「日本の温泉で特に気をつけることは?」。いちばん支持された回答は、温泉を「一式の儀式」と呼び、分析書の読み方から湯船での垢すりの禁止まで教えた
  • 加水・循環の掲示義務や入浴の作法は国の決まりと合っていた。一方、草津のpHや効能の表は、回答者自身が載せた分析書や2014年改訂の国の基準と食い違った
  • 10年のあいだに、女湯に入れる男の子の目安は10歳から7歳に下がった。入れ墨でも入れる温泉は、当時からあった

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