日本のニュースやバラエティ番組に中国が映ると、いつも画面が灰色にくすんで見える。2020年9月、中国の質問サイト「知乎」に、そんな疑問が投稿された。「日本の番組は中国の映像にスモッグのフィルターをかけているのか。日本政府の指示なのか」。閲覧は308万回にのぼる。
最も支持された回答(賛同1万4,533)は、その疑いをあっさり退けた。日本のテレビは中国に限らず、どこを撮っても灰色になる、というのだ。中国の人が日本のテレビをどう見ているか、そして日本人が自分では気づいていない「日本のテレビの色」が見えてくる。
元投稿
質問:在日本的新闻节目或者综艺节目里只要出现中国的内容,总是灰蒙蒙一片,这是真实场景还是加了一层灰色滤镜?
(日本のニュースやバラエティ番組に中国が出てくると、いつも灰色にくすんでいる。本当の景色なのか、灰色のフィルターをかけているのか)
知乎/2020年9月12日/フォロワー844・閲覧3,086,305回・回答101件
→ https://www.zhihu.com/question/420753071
如果是滤镜,为什么日本节目会给中国视频加雾霾滤镜?是日本政府要求的吗?
フィルターだとしたら、なぜ日本の番組は中国の映像にスモッグのフィルターをかけるのか。日本政府の要求なのか。

回答者:TATSUMI
投稿日:2020年11月17日
賛同14,533・コメント501(この質問でいちばん多い)
→ 回答ページ
和日本电视的拍摄色调参数有关,日本电视能把任何地方都拍成“山西煤炭小城”。
日本のテレビの撮影の色設定のせいだ。日本のテレビは、どこを撮っても「山西の炭鉱町」にしてしまう。
山西省は中国有数の石炭の産地だ。回答者は、煤煙で空がくすむ炭鉱町のイメージを借りている。そしてこう続ける。
日本电视的新闻拍摄画面基本上都是高亮度以及低饱和度为主,容易拍成“灰蒙蒙”的色调。而且不仅是拍中国,就算拍日本本身也是这种灰蒙蒙的“雾霾”色调。

証拠として回答者が並べたのは、NHKの紀行番組『世界ふれあい街歩き』の画面だ。ニューヨーク、サンフランシスコ、フィレンツェ、チューリッヒ、オスロ。欧米の「先進国」の街も、みな同じようにくすんで映っている。

そして最後に、こう付け加えた。
当然大部分中国人也只关心别人如何看中国,至于其他国家如何“互相看待”不是中国人关心的事情。
もちろん、たいていの中国人は他人が中国をどう見ているかにしか関心がない。ほかの国どうしがどう見合っているかなんて、中国人の関心事ではないのだ。
ほかの回答
匿名ユーザー(2020年11月17日・賛同6,821・コメント144)
→ 回答ページ
请不要用国际主流标准的6500K色温观看日本电视节目,观看日本电视节目(含影碟)时,请尽量使用9300K色温。
日本のテレビ番組を、国際的な標準の色温度6500Kで見ないでほしい。日本の番組(ディスクを含む)を見るときは、できるだけ9300Kで見ること。
色温度は、画面の「白」をどんな白にするかを決める値だ。数字が大きいほど白は青みがかる。この回答者によれば、日本の民放5局は9300Kで番組を作っていて、国際標準の6500Kを重んじているのはNHKくらいだという。例に挙げたのが、2002年に発売された『千と千尋の神隠し』のDVDだ。
《千与千寻》的DVD在日本舆论场引起轩然大波,但一般消费者毫无反映,这是因为提出异议的都是影音发烧友,他们坚持用国际标准6500K色温观赏日版DVD,所以看到的是图1这样的一片绯红。
『千と千尋』のDVDは日本で大騒ぎになったが、一般の消費者は何の反応もしなかった。異議を唱えたのはAVマニアばかりで、彼らは国際標準の6500Kで日本版DVDを見ていたから、画面が真っ赤に見えたのだ。

元狩(ゲーム開発者/2020年12月17日・賛同1,055)
→ 回答ページ
如果不是日本电视台自己的色温的画面,而是引用其他照片就不灰蒙蒙了。
日本のテレビ局が自分で撮った画面でなく、よそから借りた写真なら灰色にはならない。
回答者は、日本の番組が中国の写真アカウントの写真を使った場面を示し、「中国の美しさが存分に表れている」と皮肉まじりに書いている。
裏取り
確認できたこと
日本のテレビの「白」が世界より青いのは本当だ。国際的な基準の色温度は6500Kで、NTSC、PAL、ハイビジョンの規格(BT.709)もみな6500Kだ。ところが日本だけは慣習で9300Kが標準になっていて、テレビも9300Kで出荷されてきた(2007年のITmedia・小寺信良氏の解説)。理由には、蛍光灯の多い日本の部屋では青い白のほうがなじむ、肌をピンクに見せたい、ブラウン管の明るさ競争で色温度が高いほど明るく見えた、といった説がある。
映像の作り手にとっても現実の問題だ。アニメ映画『この世界の片隅に』の片渕須直監督は、2017年のBlu-ray発売時に「テレビモニターは9300Kなので青寄り」「ディスクは映画の標準6500K」と説明し、テレビを6500Kに近づければ映画館の色に近くなると呼びかけた(片渕監督の投稿のまとめ)。回答が監督の名前を挙げたのは、この件だ。
『世界ふれあい街歩き』は実在するNHKの紀行番組で、ステディカムで撮った映像で街を歩く体験を再現する(映像情報メディア学会誌)。日本のテレビが中国だけを狙って色を変えている、という証拠は見つからなかった。
回答が触れていないこと
当時の中国の空は、実際に灰色だった。質問が投稿された2020年までの10年ほど、中国の大都市は深刻な大気汚染に悩まされていた。日本のテレビが撮った映像には、この時期のものが多く含まれる。
PM2.5の年平均濃度(μg/m³・数字が小さいほど空気がきれい)
| 北京 2013年 | 89.5 |
| 北京 2020年 | 38 |
| 日本全国(一般環境の測定局) 2020年度 | 9.5 |
| 日本の環境基準 | 15以下 |
2020年の北京の数字は、北京市が「観測を始めてから最もよい」と発表したものだ。それでも同じ年の日本の平均の4倍ある。2013年の北京は、2020年度の日本の9倍を超えていた。質問者が見た「灰色の中国」には、機材の設定だけでなく、本物の空も映っていた可能性が高い。
事実と違ったこと
『千と千尋』のDVDが赤かったのは、見る側の色温度のせいではない。2002年7月の発売直後から、「昼のシーンが夕方に見える」という苦情がジブリと発売元に寄せられた(映画.com)。発売元は、DVD用のマスターに意図的に色の調整を加えたと説明している(AV Watch)。同じDVDに入っていた予告編は赤くなかった。
「一般の消費者は無反応だった」も違う。購入者は2002年に京都地裁へ提訴し、2004年に発売元が「誤解や混乱が生じたこと」に遺憾の意を示す形で和解した(Wikipedia「千と千尋の神隠し」)。2014年のBlu-rayでは赤みが消え、劇場と同じ色に戻っている(AV Watch)。
「民放5局は9300K、NHKだけ6500K」は確認できなかった。局ごとの設定を示す公開資料は見つからなかった。
日本視点
この質問でいちばん面白いのは、答えの向きだ。質問者は「日本政府の指示か」とまで疑った。その疑いを解いたのは、日本の側ではなく、中国の回答者たち自身だった。そして最多賛同の回答は、「中国人は他人が中国をどう見るかにしか関心がない」と、自分たちにも矛先を向けて締めくくっている。
日本人が見落としがちなのは、自分たちの「普通の色」のほうだ。日本のテレビは長いあいだ、世界の標準より青い白を基準にしてきた。私たちが自然だと思っている画面の色は、国際的な基準では青寄りの色だ。海外の人が日本の番組を見て「何か変だ」と感じるとき、それは日本人には見えない違いかもしれない。
ただし、回答にも見落としがある。色温度がずれると、白が青や赤に寄る。だが灰色にくすむわけではない。「灰色」に見える理由としては、最多賛同の回答の「明るく、彩度が低い撮り方」のほうが筋が通る。そこに当時の中国の本物のスモッグが重なっていた、と考えるのが自然だ。
どこが当たっていて、どこがずれているか
- 当たっている:日本のテレビは国際標準の6500Kでなく、慣習で9300Kを基準にしてきた。日本の映像は、世界の標準の画面で見ると色がずれる。
- 当たっている:日本のテレビが中国だけを狙って灰色にしている証拠はない。
- ずれている:『千と千尋』のDVDが赤かったのはDVD用マスターの調整のせいで、一般の購入者も苦情を寄せ、裁判にもなった。
- 見えていない:当時の北京のPM2.5は、2020年度の日本の平均の4〜9倍。灰色の一部は本物の空だった。
日本人にとっての学びはこうだ。「灰色の中国」は、日本の悪意でも中国の被害妄想でもなかった。半分は日本のテレビの基準で、半分は本物の空だった。
回答で「赤い」例に挙がった『千と千尋の神隠し』は、2014年のBlu-rayで劇場公開時の色に戻りました。DVDとの違いを確かめられます。
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まとめ
- 知乎で308万回読まれた「日本のテレビは中国を灰色に映すのか」という質問に、中国人が「日本のテレビはどこを撮っても灰色だ」と答え、1万4,533の賛同を集めた
- 日本のテレビが国際標準(6500K)より青い9300Kを基準にしてきたのは事実。一方、『千と千尋』のDVDが赤かったのは色温度のせいではなかった
- 2013〜2020年の北京のPM2.5は、2020年度の日本の平均の4〜9倍。「灰色の中国」の一部は本物の空だった

