中国の質問サイト「知乎」に、2014年4月から読まれ続けている質問がある。「日本で暮らすなら、守るべき・気をつけるべき日常の礼儀は何か」。閲覧は10万回、回答は16件。質問者は「日本に長く住んだ人に、肌で感じた日本特有の礼儀を教えてほしい」と頼んだ。
いちばん支持された回答(賛同459)は、エレベーターの「志願係」から居酒屋のトイレのスリッパまで、暮らしの暗黙のルールを並べた。あれから12年。住んでからの日常のマナーを、数字と制度で答え合わせした。
元投稿
質問:在日本生活有什么日常礼仪需要遵守或注意?(日本で暮らすうえで、守るべき・気をつけるべき日常の礼儀は何か)
知乎/2014年4月23日/フォロワー536・閲覧100,873回・回答16件
→ https://www.zhihu.com/question/23521949
有没有在日本生活了很久的童鞋,可以过来说一下切身感受到的一些日本特殊的礼仪?
譬如:
1.垃圾是需要分类的。
2.在路上是不吃东西的。
3.买东西一次性买太多买断某样东西,在日本人眼里是不合适的
日本に長く住んだ人に、肌で感じた日本特有の礼儀を教えてほしい。たとえば、ごみは分別する、道では物を食べない、買い占めは日本人の目には不適切、など。
最多賛同の回答「日本人は、勝手にエレベーターの係になる」
回答者:苏菲(知乎の「新知答主」)
投稿日:2014年4月24日
賛同459(この質問でいちばん多い)・コメント36
→ 回答ページ
回答者は礼儀を「社会の中で、暗黙のうちに守るべきとされるルール」と定義し、日本を「周りの目をきわめて気にする民族」と呼ぶ。最初の例がエレベーターだ。
日本人老是喜欢当志愿电梯员。
离电梯操作面板最近的人,默认的有着操作电梯的义务。这个义务包括:大家上下电梯之后马上按关门按钮(大概会比不按的时候早关门1-2秒左右),有人下电梯的时候按住开门按钮(不像我们通常是用手阻挡电梯门)……
日本人はいつも「志願のエレベーター係」をやりたがる。操作盤にいちばん近い人には、暗黙のうちにエレベーターを操作する義務がある。みんなが乗り降りしたらすぐ「閉」を押し、誰かが降りるときは「開」を押し続ける(手でドアを止めたりしない)。

大街上也几乎没有人吃东西,除了极少数的已经默认为“可有边走边吃行为”的地方。比如庙会,学园祭和某几条街等。
这就造成一个很麻烦的事情:很多时候想吃东西但是没地方吃!
这样就带来一个很有趣的现象:在便利店门口站着蹲着吃东西的人很多。
大通りでも、ほとんど誰も物を食べない。「歩き食べ」が暗黙に許されている場所(縁日、学園祭、いくつかの通り)を除いて。困るのは、食べたくても食べる場所がないことだ。その結果、コンビニの前で食べる人が多い。
自从到了日本就基本告别了电话铃声这个东西。
爱疯永远开在震动。
虽然也有人会开铃声,但是仔细回想起来,在公共场合几乎没听到过手机响。
日本に来てから、電話の着信音とほぼ縁が切れた。iPhoneはいつもバイブのまま。公共の場で携帯が鳴るのは、ほとんど聞いたことがない。
日本人在公开场合,音量稍微高一点就会意识到,然后压低声音。让自己不至于太突兀而显得失礼。
顺便说一句,有一个地方会完全相反,那就是居酒屋。是日本人把积攒下来的所有声音释放掉的地方。
日本人は人前で少し声が大きくなると自分で気づいて、声を落とす。ただし一か所だけ正反対の場所がある。居酒屋は、日本人がためこんだ声をすべて吐き出す場所だ。

回答はこのあと、風邪のマスク、温泉や箸の作法、ごみの分別へと続く。結びでは、これらのルールが社会に「見えない圧力と疲れ」を与え、日本の自殺の多さとも無関係ではないと考える、と書く(その因果は「私の考え」だという)。
ほかの回答
回答者:黄 逸
投稿日:2014年4月29日
賛同17・コメント4
→ 回答ページ
我个人对礼仪的定义是“向他人表面自己对其存在的尊重”,与其一个一个去记繁琐的礼仪内容,不如牢记此项原则——大多数日本礼仪都基于此。
私は礼儀を「相手に、その存在を尊重していると示すこと」と定義する。細かい作法をひとつずつ覚えるより、この原則を覚えておくほうがいい。追伸には苏菲への一言がある。「お姉さん、次に答えるときは、ほかの人にも答える余地を残してください……」。
2位の香蕉旅行(賛同18・2018年)は旅行者向けの食事作法集で、住んでからの日常とは話が違うので、ここでは扱わない。
裏取り
確認できたこと
エレベーターの「操作盤の前の人」は、日本のビジネスマナーの本に載っている。三菱電機ビルソリューションズの解説は、操作盤の前に立つ人が「開」を押し続けて乗り降りを助けることを大切な役割としている(三菱電機ビルソリューションズ)。小学館の『@DIME』は、操作盤に近い場所を「下座」とする(@DIME・2024年4月)。回答の「地位が低い位置」は当たっていた。一方、日本エレベーター協会の利用案内は安全上の注意が中心で、係を決める記載はない(日本エレベーター協会)。法律でも規格でもなく、習慣だ。
電車で電話をしない、マナーモードにする、は公式の呼びかけだ。JR東日本は「優先席付近では混雑時には携帯電話の電源をお切りください。それ以外では、マナーモードに設定の上、通話はご遠慮ください」と案内する(JR東日本)。この呼びかけは2015年10月から37事業者で統一された(日本経済新聞)。英語の旅行ガイドも「電話をしない・マナーモードにする」を基本に挙げる(Japan Guide)。
食べ歩きの「禁止」は、あるが、限られている。鎌倉市の条例(2019年4月1日施行)は、狭い場所や混雑した場所で他人の衣服を汚すおそれのある食べ歩きを迷惑行為に挙げるが、食べ歩きそのものを禁止・規制するものではなく、マナーの呼びかけだと説明している(鎌倉市)。京都の錦市場には「食べ歩き禁止」の看板がある(京都市)。全国一律ではなく、場所ごとの決まりだ。
風邪のときのマスクは、いまは個人の判断だ。厚生労働省は2023年3月13日から着用を個人の判断に委ねるが、混雑した電車やバスでは推奨している(厚生労働省)。ごみは、分別だけでなく捨てる場所にも罰がある。個人がみだりに廃棄物を捨てると、廃棄物処理法で5年以下の懲役(2025年6月から刑の名は「拘禁刑」)か1,000万円以下の罰金、または両方が科される(九都県市首脳会議)。分別の実情は別の記事で確かめた。
違った・ずれていたこと
「公共の場で携帯が鳴るのを聞いたことがない」は、言いすぎだ。同じ2014年の秋に民営鉄道協会が行ったアンケートで、迷惑に感じる行為の4位は「携帯電話・スマートフォンの着信音や通話」の24.7%だった(日本民営鉄道協会・2014年度)。「人前では声を落とす」も半分だけで、1位は「騒々しい会話・はしゃぎまわり」の33.2%。2025年度でも3位の30.2%だった(同・2025年度)。
確かめられなかったこと
「閉」ボタンを押すと1〜2秒早く閉まる、コンビニの前で食べる人が多い、の二点は、根拠になる資料が見つからなかった。ルールと自殺の多さの関係は、回答者自身が「私の考え」と断る意見で、確かめようがない。
12年後の答え合わせ
電車の中の「音」と行儀は、12年で少し静かになった。民営鉄道協会が毎年秋に行うアンケートで、2014年度と2025年度を並べた。
駅と電車内で迷惑に感じる行為(2014年度:3,135人/2025年度:5,202人)
| 騒々しい会話・はしゃぎまわり | 33.2%(1位)→ 30.2%(3位) |
| ヘッドホン・イヤホンの音もれ | 24.5%(5位)→ 9.8%(11位) |
| 車内での化粧 | 16.5%(9位)→ 7.9%(13位) |
| 混雑した車内での飲み食い | 11.4%(13位)→ 7.5%(14位) |
| 携帯の着信音や通話(2025年は「スマートフォン等の使い方」) | 24.7%(4位)→ 21.6%(5位) |
| 周囲に配慮せず咳やくしゃみをする | 2014年は項目なし → 34.7%(1位) |
| 扉付近での滞留 | 2014年は項目なし → 27.6%(4位) |
出典:民営鉄道協会・2014年度・同・2025年度(項目は年により増減する)
苏菲が触れた車内の化粧と飲食、それにイヤホンの音もれは、迷惑に感じる人の割合が3〜6割減った。かわりに上位に来たのは、咳やくしゃみ、扉の前に立ち止まること、スマホの使い方だ。
音の決まりは、今も法律ではほとんど決まっていない。環境省の環境基準は、住居中心の地域で昼間55デシベル・夜間45デシベルだが、環境基本法にもとづく「維持されることが望ましい基準」で、罰則を伴う規制ではない(環境省)。騒音規制法の対象は工場・建設作業・自動車で、隣近所の生活音は入らず、深夜の騒音などは自治体の判断に任されている(環境省)。東京都の条例は日常生活の騒音にも基準値を定める(東京都環境局)が、同じ建物の住戸どうしには適用されない。騒音の苦情は、2014年度の17,202件から2024年度は18,811件に増え、発生源が「個人」なのは2,027件(約11%)だった(公害苦情調査・令和6年度)。
回答に書かれていなかった、12年でいちばん変わったルール
苏菲の回答に、自転車の話は出てこない。ところが、この12年で暮らしのマナーが「法律」に変わったのは自転車だった。2026年4月1日から、16歳以上の自転車の交通違反に、反則金を払う「青切符」が適用された(警察庁)。国籍は問わず、大阪府警察は中国語版のリーフレットまで作った。
从2026年(令和8)年4月1日起,如违反自行车交通规则,会被开罚单、缴纳“罚款”的制度,将开始实施。
2026年4月1日から、自転車の交通ルールに違反すると、切符を切られて「反則金」を納める制度が始まる。(大阪府警察の中国語版・英語版リーフレットの冒頭)
反則金は、ながらスマホが12,000円、信号無視・逆走が6,000円、一時不停止・傘さし・イヤホンが5,000円、二人乗りが3,000円(大阪府警察)。在大阪中国総領事館は3月27日、中国人が自転車の違反で事故に遭い亡くなったとして注意を呼びかけた(在大阪総領事館)。開始から約1か月の青切符は全国で2,147件で、一時不停止846件・ながらスマホ713件・信号無視298件が約87%。口頭の「指導警告」は135,855件で、従来の1.5倍に増えた(JAF Mate・時事通信)。切符で罰するより、まず知らせる運用だ。
日本視点
苏菲の回答に並んだ礼儀のほとんどは、法律ではなく習慣だった。守らなくても罰金は取られないが、アンケートでは「騒々しい会話」を迷惑に感じる人が3割いる。その3割は、12年前の33.2%と今の30.2%でほぼ変わらない。変わったのは中身で、音もれや化粧は減り、咳と扉の前の滞留が上位に入った。「守るべき礼儀」は固定した約束ではなく、その時代の人が何に困るかで入れ替わっていく。
そして、習慣の一部は法律になる。自転車の青切符がそうだ。昨日まで事実上見逃されがちだった「傘さし運転」が、今日から5,000円の反則金になる。
どこが当たっていて、どこがずれているか
- 当たっている:操作盤の前の人が「開」を押し、その位置が下座なのはビジネスマナーにある。電車で通話せずマナーモードにするのも公式の呼びかけ。
- 半分当たっている:「人前では声を落とす」は、3割の人がまだ迷惑に感じている。「食べ歩きをしない」は、鎌倉や錦市場のような場所ごとの決まり。
- ずれている:「着信音を聞いたことがない」。同じ2014年に4人に1人が迷惑に感じていた。
日本人にとっての学びはこうだ。中国人が日本で「礼儀」と呼ぶものの多くは、法律ではなく、周りの人が迷惑と感じるかどうかの目安だ。ただし迷惑の中身は12年で入れ替わり、自転車のように、ある日から罰金がつくものもある。「どれが法で、どれが空気か」は、外から来た人ほど見分けにくい。
回答が触れなかったのに、いま最も変わった自転車のルールを図で確認できる本です。反則金の対象になった違反も載っています。
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まとめ
- 知乎で10万回読まれた「日本で暮らす日常の礼儀」。最多賛同の回答(2014年)は、エレベーターの係から電車で電話をしないことまで並べた
- 裏取りでは多くが確認できたが、法律ではなく習慣で、「着信音を聞かない」は言いすぎだった
- 12年後、電車内の音・化粧・飲食への不満は減り、咳や扉前の滞留が上位に。自転車の違反には2026年4月から反則金がつき、習慣の一部が法律になった
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